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第15話 愛してなどやるものですか!

 ダビドは、魔力でできた“王の書”が『灰になった』ことを疑っているようだった。勘のいい男だ。彼が皇帝であればと思うこともあったが、リブレリアの行く末は変わらなかったかもしれない。


(やはり、お父様の決断は正しいわ。“王の書”はここで消えるべきなのよ)


 ダビドを見送ったエスメは、テーブルに置かれた聖水瓶を見つめながら、言われたことを思い出して頭を抱えた。


『血の契約をリセットするのに必要なのは、聖水だけじゃない。この聖水に()()()()()()()()の涙を一滴入れて、はじめて効果を持つ』


 ならばリサベルが適任だと考えた直後、ダビドに釘を刺された。


『身内では効果がないよ。血のつながらない人間からの、愛の涙が必要なんだ。いやぁ、あなたが申し出てくれてうれしいよ。あの子をよろしくねぇ』


 ダビドが出した条件は厳しい。


『身分も容姿も関係なく、レジェスの魂を愛してくれる者の涙を一滴。複数混ぜてはいけないよ。彼を愛するたったひとりの涙が必要なんだ』



 まずレジェスの女性関係などまったく知らない。

 タイムリミットは一週間。その期間を過ぎると聖水の効果が失われていく。それまでにレジェスを呪縛から解き放つ。失敗は許されない。聖水は一本しかなく、次に手に入れられるのは三ヶ月後だと言われた。


「レジェスを愛する人……リサ、心当たりはないかしら?」

「身分も容姿も関係なくと言われると、むずかしいですね……、おひとりだけ、可能性のあるお方がいらっしゃいますけれど」

「本当⁉ 誰なの⁉ すぐに紹介してちょうだい!」


 椅子から腰を浮かせたエスメのそばにやって来て、リサベルが最敬礼するように低く膝を折った。


「エスメ妃殿下、どうか……レジェスを愛してくださいませんか?」

「――わ、わたくしが?」


 復讐をしようとしているのだ。兄と父の命を奪った仇を愛せるはずがない。

 バカにしている。エスメの頬に朱が走り、細眉を吊り上げた。


「愛してなどやるものですか!! どうしてわたくしが⁉ 可能性など万に一つもないわ! わたくしは、レジェスの命を奪おうとしているの! それもたくさん苦しめてから殺すのよ!!」


 怒鳴られてもリサベルは動じなかった。エスメの言動は矛盾している。苦しめたいのなら魔剣を浄化する必要はない。


「妃殿下。わたしにも、殺したいほど憎い相手がおります」

「え……?」

「母を殺した女です。侮られているわたしは、あの女の隙をついて殺すことも可能でしょう。でもふと、弟の顔が浮かぶのです。あの女を殺せば、わたしもその場で斬り捨てられる。弟がひとりぼっちになってしまう……」


 “王の書”にあった第一側室妃の死因は『病死』とされていたが、所詮(しょせん)は伝聞か。

 リサベルは顔を上げ、柔らかな笑みを見せた。


「ですが、その心配も無用のようです。レジェスは愛する人を見つけましたから」

「…………」


 レジェスの愛する人が誰であろうと関係ない。エスメが探しているのは、『レジェス()愛する人』だ。それはエスメではない。決して愛してはいけない相手なのだから。

 どうしてか、リサベルの顔を見ることができず、話をそらした。


「では、あなたは憎い相手を殺すのね?」

「そうですね……一秒でも早く、消し去ってやりたい」


 発せられた言葉に凄みを感じて、おそるおそるリサベルを見やる。命を奪うという行為に対して、彼女は不敵に微笑んでさえいた。レジェスとよく似た朱い瞳が、鋭利な光を帯びている。


「わたくしは、苦しませることが復讐になると思っているのだけれど、リサは違うの?」

「反省を知らない人間に、反省するほどの苦しみを与えることなど不可能ですもの。ならば、命で償わせるしかないでしょう?」


 たしかに、あの皇帝が反省などするわけがない。バルトロメもベッドの上で『ぼくがこんな目に遭うのはお前のせいだ』と使用人に当たり散らしているらしい。罪の意識を持たない者が、『天罰が当たった』などと己を(かえり)みることはないのだ。


(じゃあ、レジェスは?)


 無理やり血の契約を結ばされ、殺したくもないのに人を殺し、罪の意識に(さいな)まれてエスメに命を差し出そうとしている。

 心から悔いている人間に、これ以上何を求められるというのか。その命を摘み取ってしまえば、エスメの気持ちは晴れるのだろうか。


「ねぇ、その女が……反省を知る人なら、罪を償いたいと言ったら、あなたはどうする?」

「……そんな姿は想像もつきませんが」


 リサベルは眉間にシワを寄せ、なんとか想像力を働かせているようだった。片膝を立てた状態でしばらく唸った。


「う~~~~ん、そうですね…………命までは取らないと思います。……ですが、決して許すことはありません」

「そう……」


 許さなくてもいい。その言葉はエスメの心に一筋の光を与えた。どんなに(ほだ)されようとも、父や兄を殺したことを許せるはずがない。されど、契約に縛られたレジェスを憐れに思う気持ちが、許してやれと揺さぶりをかけてくるのだ。


(許さなくて……いいのよね? どうしたって許せないもの。でも、レジェスを殺したいとも思えない。わたくしは、おかしいのかしら?)


 ――第一皇子に無惨な死を与えよ! 帝国に復讐を!! エスメ!!


 ここのところ、“王の書”から聞こえる怨嗟が兄の声で再生される。エスメの名を呼ぶのは、決まって兄が子どもだったころの声だ。あれは、エスメが転んでしまったときの叫び声に似ている。

 そんなに痛くなかったエスメの代わりに、自身が怪我を負ったかのように顔を歪ませて……優しい兄だった。それをレジェスが――


「――妃殿下? お顔の色が優れませんわ。寝室へ」

「いいの! 横になると声が聞こえるから」

「声……ですか?」

「なっ、なんでもないわ」


 “王の書”を持っていることを気取られてはならない。そういえば、兄の魔法書がなくなったことを誰も何も言ってこないが、どうなったのだろうか。気にはなるが、それを問うのは藪蛇というもの。


「とにかく、レジェスを愛している女性を見つけなくては」

「…………」

「なによ?」

「いえ……では、修練場に行ってみませんか? レジェスの訓練を見学に来る令嬢が集まっておりますわ」

「それよ!! 行くわ!」


 すぐに出て行こうとするエスメの手を引いて、リサベルはクローゼットへ向かう。


「まずは戦闘服に着替えましょう。アリヤ様御用達の商会からいくつか届いておりますわ」

「せんとうふく……」


 部屋で過ごすことが多かったエスメは、化粧をしたことがない。着飾った姉を見て宝飾品を着けてみたこともあったが、その重さに嫌気が差し、美しいドレスだけで満足していた。


「そこまでしなくても」

「初手で侮られてはなりませんわ」


 薄化粧に淡く紅を引き、眠たげに見える長い睫毛(まつげ)はやや上を向いた。ふわふわのウェーブを生かしてふんわりと結い上げ、ポニーテールに。

 おでこを出して宝石が額を飾るスタイルは、アリヤの国を思わせる。ドレスも光沢があって涼しげな若葉色で揃えた。


 イヤリングと重たいネックレスがやる気を奪っていく。


(やっぱり寝ようかしら。これ……動けるの?)


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