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第14話 血の契約を解く方法

 ドレスの採寸は、皇帝がエスメを襲うための口実……というわけでもなかった。二週間後には、レジェスが妃を迎えたことを公示するお披露目パーティーが行われる。


「そのドレスなんだけどねぇ?」


 エスメの部屋に入り浸るようになったアリヤと、座るのを遠慮するリサベルを卓に着かせてお茶をするのが日課になった。三人でいれば、レジェスも安心して鍛錬に出かけて行く。


 お茶を入れるのは、アリヤが国から連れて来た侍女のシラ。彼女も小麦色の肌をしている。

 シラが三人分のお茶を丸テーブルに置くと、リサベルが声をあげた。


「ま、待って。そんなことをしたら、激怒した父が何をするか……」

「あらぁ、あたしはいいと思うわ? あのタヌキオヤジにひと泡吹かせてやりたいもの」

「わたくしはレジェスと婚姻を結んだのだから、これでいいのよ」


 真っ青になったリサベルが、頭を抱えてひどく怯えている。父親をおそろしいと感じたことのないエスメにはわからない恐怖があるのだろう。


 ふいにノック音がしてレジェスの声が聞こえた。

 出迎えたエスメは、眉根の寄ったレジェスの顔を見て不安になった。


「何かあったの?」


 唇を引き結んだままレジェスは話そうとしない。とりあえず中へ入れて長椅子に座らせると、重々しく口をひらいた。


「また、戦がはじまる」


 息を飲んだのはエスメとリサベルだけ。アリヤは知っていたようで、目を伏せながら淡々と言った。


「……サナムに攻め込むのでしょう?」

「「えっ⁉」」


 サナム王国はアリヤの出身国だ。戦争を避けるためにアリヤが嫁いだのではなかったのか。


「父は、あたしが陛下の寵愛を失ったと知って、南の大国プラヴァに(おもね)ったのよ。カナル帝国にしか(おろ)してなかったダイヤモンドを、プラヴァに売ったの。国を一番に考える父らしい行動だわ」


 娘を人質に取られた状態でよく決断できたものだ。

 その度胸には感心もするけれど、あまりよい策とは思えなかった。


「戦争を引き起こしては本末転倒でしょう? サナムは守りきれるの?」


 帝国には死神皇子レジェスがいる。兄の魔法書を読みなおしたが、レジェスの強さは異様だった。

 レジェスに向けたエスメの視線に気づき、アリヤが肩をすくめた。


「サナムはここから遠く離れているわ。死神皇子の噂は知っていても、魔剣のことまでは知らないのよ。あたしも帝国に来てはじめて知ったもの」


 そういえば、魔剣について調べている途中で、バルトロメに邪魔をされたのだった。


「人を従わせる以外にも、効能があるの?」

「筋肉を強化させ、脳を興奮状態にするんだ。魔剣に体を乗っ取られたかのように制御を失う。父に操られた前任者を見たが、ひどい有様だった」


 レジェスの言葉に首をかしげた。兄の書から知るレジェスの様子は、魔剣を抑えられていたように思う。


「使用期間が長いとそうなるの?」

「いや、おそらく契約時の血の量だな」


 屈強な兵士を操るために、皇帝は惜しみなく血を差し出したのに対し、バルトロメは嫌がり、わずかにしか吸わせなかったらしい。レジェスも魔剣に血を与えたが、どこまで吸うのかジッと見ていると、慌てた皇帝に取り上げられたという。


「……少しの血でもおそろしい効果があるのね」

「そうだな。だが、俺の血を多く与えたおかげで、抗う力を得たとも言える」


 エスメは“王の書”をひらき、魔剣についての記述を探す。欲しい情報は、魔剣から解放される手段だ。特別閲覧室にあった本には載っていなかった。

 しかし、十二代前の王が、魔剣について小耳に挟んでいた。聖水を使えばリセットできるらしいと。


「レジェス、ダビド様にお会いしたいわ」

「叔父上に? 声をかけるのは構わないが、忙しい人だからな」

「レジェスはいつ出征するの?」

「……二週間後だ。今回は準備期間が少ない。父が何を考えているのか丸わかりだ」


 二週間後といえば、エスメとレジェスのお披露目パーティーがある日だ。


「夜会の翌日に……?」

「いいや、着飾らせた王女を見せつけて、その日のうちに送り出すつもりだろう。父はそういう人だ」


 夜会は夕方からだ。息子に嫌がらせをするためだけに、そんな時刻に送り出すつもりか。エスメはわなわなと震えた。


「…………、ごめんなさいレジェス。他人の父親を、(こえ)だめに落としてやりたいと思ったのははじめてだわ」

「くくっ、肥だめで済ませるとは、優しいな」

「あの肥だめよ? 来る途中で見た」

「わかってる」


 帝国への道中で、エスメははじめて肥だめというものを見た。知識として知ってはいたが、実物を見るのも匂いを嗅いだのも人生初だった。


「あれはこの世の地獄だわ!」

「フッ、気持ちはわかるが、肥だめはやめておけ。あれは有用だ。父にはもったいない」

「……そうね。じゃあダビド様にお手紙を書くから、渡してくれる?」

「ああ」



 ***


 三日後にやって来たダビドは大司教の祭服ではなく、司祭の普段着である黒いカソックに、色落ちしたねずみ色のフード付きマントという出で立ちで、人目を避けるようにしてやって来た。


「すまないが、祭事があってすぐ戻らないといけない。さっそく本題に入ってもいいかな?」

「もちろんですわ、ダビド様。ご足労いただき、ありがとうございます」


 エスメの部屋にいるのは、ふたりのほかにリサベルだけ。影のように暮らしてきた彼女は、丸テーブルにお茶を置くと、存在をなくしたかのように壁際に下がった。


 ダビドは手のひらと同じ大きさの瓶を丸テーブルに置き、蓋の上に人差し指を乗せた。


「それで、どうして魔剣のリセットなんて思いついたのかな? 聖水が必要なことも、思いつきとは考えられない」

「父から教えてもらったことがあるのですわ」


 用意していた言い訳を告げると、ダビドの笑みが深くなった。


「私はリブレリア王と面識があってね。言葉を交わしたのは聖職者になってからだけど、“王の書”について彼は思い悩んでいた。『“王の書”はなくてはならない国の(いしずえ)、だが火種も生む。それでも八百年も蓄積された知識を破棄することなどできない』とね」


 エスメは父と最後に交わした言葉を思い出し、目を伏せた。


『私はもう、終わりにするべきだと思っていたのだ』


 夜中、目が覚めるたびに父の考えを少しずつ読んだ。父がエスメに書を託した理由は、殺される可能性が一番低いから。殺されないということは、身のうちに“王の書”を隠しておけるということ。


「だけど、君のお父上はやり遂げた。彼とともに“王の書”が灰になったことは、リブレリアにとっても必要なことだった」

「灰に……?」


 魔力で作られた“王の書”は火に焼かれることはなく、水に溶けることもない。人間から切り離された書は少しずつ魔力を放出し、やがて消えゆく。人間の手に届かない場所でゆっくりと消滅するのを待つしかない。


 ――エスメにしか託せない。こんなことなら、もっとたくさんのことを経験させてやるのだった。


(お父様……)


 エスメに与えられた使命は、リブレリアの地を遠く離れ、人間が近づけない場所に“王の書”を安置することだ。


 ダビドが射抜くような視線を寄越した。


「そう、“王の書”は灰になった。……何か、気になることでも?」


 泳ぎそうになった目を固く閉じ、エスメは憎々しげに声を絞り出す。


「父のことです。レジェスは、『父の首を落とした』と言っていたものですから」


 これに慌てたのはダビドだ。頭をかいてしょんぼりと肩を落とした。


「ああ、私としたことが……すまない。無神経な発言だった」

「…………」

「リブレリア王の首は、教会が引き取った。ほとぼりが冷めたら教会ルートで国へお返しするよ」

「ご高配、痛み入りますわ」


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