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第12話 復讐するべき相手

「お兄様、ごめんなさい。わたくしのせいだわ……」


 どんなに苦しかっただろうか。さぞ痛かったに違いない。身を切るような怪我をしたことのないエスメには、想像もつかなかった。文字から読み取ったものを感じ取るには、あまりにも経験が足りなかった。


 優しい兄や父に甘えていたのだ。世間知らずな鳥かご姫であっても、王女としての教育は受けている。本当はわかっていた。エスメが自分から進み出て、この身を差し出さなければならなかったのだ。



 ――コンコン。

 ノック音にハッとして顔を上げる。


 エスメは急いで“王の書”を具現化した。八百年の歴史を記録した書は、エスメの顔幅よりも厚みがあり、広げればひとり用の机と同じくらいの大きさになる。

 宙に浮かぶ“王の書”の、表紙に刻印された王家の紋章に触れると青白い光を放つ。兄の魔法書を光に近づければ、瞬く間に飲み込まれていった。


(これ以上、帝国の好きにはさせないわ……)


 エスメは兄の書と同じ大きさの本を探して棚を見る。ふと、『魔剣』という文字を見つけて本をパラパラとめくった。目で見たものを魔法書は記録してくれる。あとでじっくり読めばいい。


 適当な本を机に広げ、何食わぬ顔をして部屋を出た。


 廊下の壁にもたれていたレジェスは何も聞いてこない。ドレスの中に魔法書を隠していないかと疑うこともなかった。


「腹が減っただろう? 戻ろうか」

「ええ……」


 言い訳を考えていなかったからありがたいけれど、後ろめたさに声が裏返りそうになった。魔法書がなくなったことはすぐに露見する。そのとき、レジェスは……エスメに失望の眼差しを向けるのだろう。


(それでもいいわ。そうよ、好かれる必要なんてないもの)



 お互いに無言のまま自室へ戻って来ると、エスメを部屋に押し込み、レジェスは不安げに眉根を寄せた。


「昼食を取ってくる。いいか。安易にドアをひらくなよ。俺が戻るまで誰が来てもあけるな。念のために奥の寝室にいてくれ」


 子どもに言い聞かせるような口ぶりにエスメは頬をふくらませる。


「わかっているわ。アリヤ様が来てもあけないから」

「それでいい。居留守を使え」



 やっと静かになった居間の長椅子に腰かけようとして、レジェスの言葉を思い出す。渋々と寝室へ移動してからベッドに座り、胸に手をあてた。


(魔剣について教えて)


 ――魔剣の成り立ち。カナル王国初代の王が、宝珠に何人もの生贄(いけにえ)を捧げ、


(そっ、そういうのはいいわ。どうやって人を操っているの?)


 ――剣の(つば)にある宝珠を押さえながら(つか)をまわすと、柄頭(つかがしら)に針があらわれる。針に血を捧げた順番により、先の者に後の者が従う。


(血を……。ということはバルトロメが先に、その後にレジェスが血を捧げて命令に従わされているのね。でもどうしてレジェスほどの人が……)


 そこで思い出したのは、リサベルの言葉だ。


『わたしも弟も、とうに(あきら)めております』


 きっと皇帝が無理を強いたのだ。娘も息子も道具としか思っていない。いまでこそ立派な体格のレジェスだが、子どものころなら(あらが)えなかっただろう。


(わたくしは、レジェスに復讐をするべきなのかしら……?)


 ――第一皇子がアンドレイを殺した。帝国人に気を許すな。


(それは……そうなのだけど)


 ――死にたくない。死ぬのがこわい。痛い。嫌だ。エスメ!!


(お兄様⁉ そうよ……帝国人はみんな敵。許してはならないわ)


 黒い感情を想像の人物たちにぶつけることはできても、エスメは物知らずな鳥かご姫。復讐の手立てなど思いつかない。


(お兄様が受けたのと同じくらい痛い思いをさせてやりたいけど、手で叩くのは痛そうだわ。やはり剣かしら……)


 “王の書”に問いかけようとして、ドアにかけた鈴の音に身を強ばらせた。ノックの音は聞こえなかった。レジェスはそんな無作法はしない。慌ててクローゼットへ走った。


 寝室のドアの鈴が鳴る。クローゼットのドアを閉めたのと誰かが入って来たのは同時で、(かんぬき)までかける時間はなかった。

 クローゼットのドアは、上半分に通気孔のあるハーフ・ルーバードア。そこからエスメはこっそりと外を(うかが)う。視界は狭いが、人影が動くのが見えた。


「なんだ、いないのか」


 この声はバルトロメだ。身内同士だってノックくらいするだろうに、エスメのことをどう思っているのかよくわかる。皇帝と同じく、彼にとってもエスメは小鳥(ペット)なのだ。


 バルトロメはだらしなくベッドに寝転がった。傍らには護衛の男がひとり、無言で付き従っている。

 そこへ慌ただしい足音とともにレジェスの声が飛び込んできた。


「バルトロメ、ここで何をしている⁉」

「何って……義姉上に会いに来たんだけど?」

「彼女は朝廷宮で採寸を受けている。しばらく戻らないぞ」


「なぁんだ、つまらない」と白けた顔をしたかと思えば、バルトロメは身を起こし、ニィッと歪んだ笑顔をレジェスに向けた。


「……ねぇ、兄上。あの小鳥、ぼくに譲ってよ」

「彼女をペット扱いするな。エスメは俺の妻だ」


 期せずして盗み聞きをしてしまったエスメは、『妻』という言葉に身悶えた。『妃』とはまた違った(おもむき)がある。それに名前を呼ばれたのも久しぶりだった。


(ハッ、だめよエスメ! これは、復讐をするための婚姻なの!! それにレジェスには、レディ・エリザベスという恋人がいるのよ!)


 頬を思い切りつねりながらも目を凝らし、耳をそばだてる。

 ベッドの人影がユラリと立ち上がった。


「なんで? いままでは何でもくれたじゃないか。そんなに反抗的な態度だと、言うことを聞かせちゃうよ?」


 レジェスは唇を噛んだ。無気力に任せて抵抗してこなかったことが、この弟を増長させたのだ。バルトロメの表情に父親と同じ嗜虐(しぎゃく)心を見て、レジェスはグッと喉を鳴らす。


「命令してあげようか? 姉上(リサベル)を、殺せって」

「――やめろ!!」


 レジェスにリサベルを殺させる? なんと(むご)いことを思いつくのだろうか。

 ガタリと音を立ててしまったようで、エスメは慌てた。男たちの視線がクローゼットに集まる。


 いまからでも閂をかけるべきか。木の棒を探しながら後ずさると、木板で塞いでいたはずの穴がひらいている。塞いだといっても板を立てかけただけ。先ほどの音は、この木板が倒れた音だったのか。


(どうして倒れたのかしら……)


 考えている暇はなかった。「見ぃつけた」とバルトロメの声が近づく。エスメは穴を通り抜け、レジェスの寝室へ出た。塞ぐものがないため、背中を押し当てる。

 クローゼットのドアがひらいた音がして、エスメの耳に、バルトロメの情けない叫び声が届いた。


「ひぃぎゃあぁぁぁ!! なっ、なんで、こんなところにっ⁉」


 ひどく慌てた声だった。続いて「ぶぇっくし!!」「ぶしゅんっ!!」と発せられた奇声が、少しずつ遠のいていく。代わりにレジェスの優しい声が近くに聞こえた。


「エリザベス、ありがとう助かったよ。ああ、君は今日もかわいらしいな」


 こんな甘い声は聞いたことがない。突然あらわれたエリザベスという女性が気になり、エスメは穴をのぞき込んだ。


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