盗み聞き 6
ベリー医師の嘘に振り回されたセリナだったが、なぜかジリナがその話を蒸し返していて、セリナも気になった。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
ベリー医師の嘘に振り回された一同だったが、セリナはふと気がついた。
若様が毒を飲んだとき、シークは時間がないと言って、部下達が大けがをしているにも関わらず先に進もうとしていた。あの時、セリナはびっくりしたのだ。ぴくりとも動かない人もいて死んだかもしれないのに、進むと言ったから。
でも、今の話でシーク自身も毒を二回も飲んだことが分かった。毒を飲んだ経験があって、苦しんだから余計に早く若様を連れ帰ろうとしていたのだ。
きっと、若様を葬りたい人達にしてみれば、シークは相当邪魔な存在なんだろう。だから、二回も毒を飲ませて殺そうとした。
「まったく、それにしても、あんまり危険なことはしないと約束したではないですか。なんで、あんなに危ない橋を渡ったんですか? はっきり言って驚きました。慎重なあなたが、若様の提案を飲んだことが。」
ベリー医師はため息をついた。
「確かにその点については私が悪いです。ただ、若様の仰るとおり、フォーリが眠っている間にことを起こす可能性は高いと思いました。それに、敵はこちらの動きを妙に知っている。私達が動かなければ向こうも動かない。そう思ってのことでしたが、想像以上に手強い敵でした。この田舎にあっても、私達を先回りするように準備を整えてあることが驚きでした。」
「……まあ、私も多少は焚きつけましたが。」
ベリー医師は何をしたかったのだろう。後で文句を言うくらいなら、焚きつけなければ良かったのに。端で聞いているセリナは思う。
「先生、反対するならあんなことを言わなければ良かったんです。珍しく一貫していませんでしたよ。」
シークにも指摘され、ベリー医師はもう一度ため息をついた。
「まったくね。若様の言うことはもっともだけど、フォーリが寝ていたら確実に敵は動くと思っていたよ。だから、反対したんですな。ただ、フォーリがいない間に敵を誘導させるという点では、非常にいい作戦だとも思いましてね。」
「先生も迷っていたんですね。それに、若様が必死になって、ご自分で考えられて行動なさった。そのお気持ちに応えたかったんです。」
「そうですな。若様は今、急激に成長なさっている。自分の口から出る言葉に責任を持たないといけませんし。そのためには、強力な薬となったでしょう。」
ベリー医師はジリナに背中に当てている布を抑えさせ、包帯で巻き始めた。
「申し訳ありません、ジリナさん。他にもお仕事があるでしょうに。」
「いいんですよ、娘の命の恩人です。わたしでよければ、いつでもお呼びください。」
シークが遠慮すると、ジリナはやはり猫なで声で返した。二回目だが、思わずぶるっと身を震わせてしまう。
「……それにしても、さっきの話ですが、レルスリ殿がなぜ、ヴァドサ殿が鞭打たれて陛下は薬になると思われたのでしょうか?」
なぜか、ジリナがその話を蒸し返した。
「それは、先ほどから言っているように、レルスリ殿がこの人を気に入っているからですよ。」
ベリー医師は包帯で巻きながら余裕で答える。
「先生、誤解されます……!」
シークが慌てているのを見てもベリー医師は余裕だった。どうやら、一番のくせ者はベリー医師のようだ。きっと、シークは何か悪いことができる人ではない。その辺では安心できそうだ。そもそも若様が護衛はヴァドサ隊長でないと嫌だと言っていた。きっと、シークは白である。セリナは結論づけた。
(…それにしても、母さん、あやしいわね……。)
今のセリナにはもっと気になることがあった。ジリナの様子だ。どうやら、わざとその話を蒸し返したようだ。慌てているシークの顔をうっとりというか、見たことのない表情で見つめている。全身に寒気が走った。
「やはり……、そういうご関係で。」
ジリナが思わせぶりに呟くとシークの顔色が明らかに変わった。なんだか、ちょっとかわいそう。セリナはシークが気の毒になった。二人ともシークをからかって遊んでいる。
「ほら、やっぱり誤解されているじゃないですか、先生、どうしてくれるんですか!」
シークは怒っているがベリー医師は屁のカッパだった。
「んー、何を怒ってるんですか、君は。私はただ、君がレルスリ殿に気に入られているって言っただけですよ?」
ベリー医師は薬箱に薬をしまいながら答える。
「先生、さっきの話の続きでそう言われたら、誤解されますと言ってるんです……!」
かみ砕いて説明しなくても、分かってるって……。セリナは思った。
すると、ベリー医師が吹き出した。しばらく笑ってから、ようやく口を開く。
「冗談ですよ。ほら、こうして本気になって怒るから、つい、からかいたくなってしまいましてね。」
「先生、ひどいですよ、まったく。」
シークはさすがに憮然としながら寝間着を着直して前に向き直った。
「でも、レルスリ殿がこの人を信用して気に入っているのは事実です。この通り、真面目な人です。若様を何度も命がけで守りました。だから、フォーリも信用しています。でないと、一緒に狩りになんて行きませんよ、用心深いニピ族が。」
「なるほど、よく分かりました。」
ジリナは神妙な顔で頷いた。さっきの気持ち悪い表情はなりを潜めている。
「先生、確かにからかいたくなるお気持ちは分かりますが、度が行き過ぎると深く傷つけてしまいますよ。今のは悪い冗談です。」
さっきは一緒になってからかっていたくせに、なぜかジリナはそんなことを言いだした。セリナは内心首を傾げる。
(母さんの魂胆が分からないわ。)
すると、ジリナに注意されてベリー医師は苦笑した。
「ご忠告は素直に受け取っておきます。」
あのベリー医師が謝ったのである。
(!)
その時、セリナの脳みそは冴え渡った。
(分かった! きっと、隊長さんに恩を売るためだわ!)
その後、こっそりリカンナに話したら、そんなの考えなくても分かると言われたセリナだった。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




