散歩 7
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
「早く戻りましょう。嫌な予感がします。」
シークが若様を促した。
「…うん。」
「若様、大丈夫ですか?」
シークが若様の顔を覗き込む。若様の様子が変だった。さっきから足の動きが重い。刺客かもしれない何者かの出現に、緊張しているせいかと思ったが違う。若様は身を屈め、苦痛に耐えている様子だ。
「若様、大丈夫ですか?」
「若様、どこか具合が悪いのですか?」
セリナとシークの声が重なった。
「…お、おなかが……。」
答えようとしてよろめき、シークが支えようとした腕にしがみついて苦痛に呻いた。顔色が真っ青で額に冷や汗がびっしり浮かんでいる。
「ど、どうしたんですか!?」
呆然としたセリナだったが、すぐに我に返るとシークと同じように若様の顔を覗き込んだ。
「…いたくて、あつい。」
はあはあ肩で息をしながら若様が答えた。押さえている場所は胃の辺りだ。
「…ぱ、パン!? でも、みんな食べたのに、なんで若様だけが!?」
混乱しながらセリナは叫んだ。だって、どうしてだろう。訳が分からない。自分は何ともないのに。
「セリナ、それよりも早く帰るぞ!」
シークに言われてセリナは我に返った。今は考えている暇はない。とにかく、若様が苦しがっている。早く帰って治療しないといけない。何とかセリナは自分に言い聞かせた。心臓の音がやけに大きく聞こえる。
シークが若様を抱き上げたが、若様が呻いて暴れた。
「……まって!」
仕方なくシークは嫌がる若様を地面に下ろす。若様は四つん這いになり、全身を震わせている。吐こうとしているのだ。でも、上手く吐けないでいる。
気づいたセリナは誰かが止める間もなく、若様のあえでいる口の中に指を突っ込んだ。
「……う、ううっ。」
驚いた若様に指をかじられたが、吐くまで奥に指を突っ込んだ。なんとか嘔吐させる。吐瀉物を見て、セリナとシークは息を呑んだ。真っ赤な鮮血が混じり異様な臭いが漂っている。
セリナは毒味役の女性が死んだ時のことを思い出した。かっと見開いた目。口からは舌がだらんと垂れていた。毒だ。それしか考えられない。若様がああなるかもしれない。途端、セリナは背中がぞっとした。でも、一体、何に入っていたのか。
「水を…!」
手を拭いたセリナは、急いで背負い籠の水筒を出そうとした。
「待て、その水は飲ませるな。お前は手を洗え。」
若様の背中をさすっていたシークが、自分の水筒を差し出し、もう一人の兵士と二人がかりで若様に水を飲ませた。若様は全身を震わせ自力で座っていられないので、シークが体を支える。セリナはその間に別の兵士から水稲の水を分けてもらって手を洗った。
若様の顔色が悪い。水筒を持つのもやっとなので、一緒に持った手がどんどん冷たくなっていく。急速に悪化していく若様の状態にセリナは恐くなった。体が震えて涙が出て来る。
「泣いている場合じゃないぞ。」
シークに言われてセリナは涙を拭った。その時、母に言われたことを思い出した。
「あ、そうだ、これを一緒に飲んで!」
セリナは背負い籠から急いで炭を取り出した。
「母さんが、毒の時はこれを飲ませろって、毒きのこ食べちゃった人に、飲ませてた!」
言いながら炭を爪で削り、若様の口に突っ込み無理矢理、水を飲ませる。喉につっかえたのか、せっかく飲んだ水をまた吐き戻した。
「せっかく飲んだのに…!」
思わずセリナが言うと、いや、これでいいとシークが頷いた。部下から水筒を受け取り、また若様に水と炭を飲ませ、落ち着いたのを見計らって抱えて走り出した。
「ついて来れなければ置いていく!」
シークの言葉に、セリナは炭を握りしめて必死に走った。途中で一人の兵士が背負い籠を背負ってくれた。これで、かなり軽くなる。中身が入っていないとはいえ、走るとなると邪魔だったのでありがたかった。
最後のちょっとした山道に差しかかった時だった。物音に九人は振り返った。
「危ない! 避けろ!」
何が起こったのか、セリナは理解できなかった。近くの兵士に助けて貰ったのでセリナは無事だったが、二人の兵士が負傷した。なぜか、大岩が突然、転がり落ちてきたのだ。
「大丈夫か?」
シークが負傷した二人に確認する。
「はい。少し切っただけです。」
「私も走れます。」
負傷した二人は答えた。また、走り出そうとした時、今度は地響きがした。はっとして斜面をきょろきょろと見上げる。
「逃げろ! 丸太が転がってくる!」
シークが叫んだ。明らかに誰かが若様を殺そうとしている。一緒にいる自分達もろともだ。明らかなる殺意にセリナは恐怖と共に怒りを感じた。
転がってくる丸太はさっきの岩に当たって跳ね、岩も転がしつつ迫ってくる。考えている暇はなかった。右側も切り立った斜面で登れない。今度もセリナは兵士に助けて貰った。転がってきた丸太は一本だけではなかった。二本も三本も……、もっと、たくさん落ちてきたのだ。
長いような短いような時間だった。セリナは少しの間、気絶していたかもしれない。はっとして目覚めると、何か重いものが上に覆い被さっている。すぐには何か分からなかったが、助けてくれた兵士の体なのだと気がついた。鉄さびのような臭いがしている。地面に赤いものが見えて、血だと気がついた。
今度は親衛隊も無事では済まなかった。セリナは覆い被さっている兵士の体の下から這い出た。彼の顔面は血だらけで意識はない。死んでいるのか生きているのか分からない。セリナも気がつけば、腕を酷くすりむいていた。
だが、今はそれどころではない。心臓の音がやけに聞こえる。ドクン、ドクン…と耳の中で心臓が鳴っているみたいだ。
(若様は? 若様は、どこ? 若様は?)
必死に辺りを見回した。立っている人は見当たらない。兵士の何人かが地面に倒れていた。つい、さっきまで動いていた人が動かなくなっている。初めて見る惨事に体から力が抜けそうになった。必死に体に力を入れるが、膝がブルブル、ガクガク震えた。血の臭いに吐きそうになる。
「セリナ、無事だったか。」
シークの声だ。セリナは首を動かし、斜面の方を見上げた。なんと、彼は若様を抱きかかえたまま、丸太が転がってくる斜面の方に逃げ、生えている木を盾にして難を逃れたのだ。その方法で他にも三人が助かっていた。その中には森の子族もいる。斜面を降りてきたが、さすがに身のこなしが違う。
「お前達は無事か?」
「はい。」
隊長の確認に四人は頷いた。
「走れるな?」
「はい。」
「行くぞ。」
セリナは呆然とそのやり取りを眺めていた。行くって、どこに行くの? この人達、けがしているのに……。起き上がる気配もない、地面に倒れ伏したままの兵士達を見て、セリナは恐くなっていた。
お話の世界を旅することができましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




