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悲鳴 3

「…セリナ、大丈夫?」

 本日、何回目かの問いをセリナはリカンナにされた。通いではなく泊まった分、早朝から仕事をしなくてはならず、それは一睡もできなかったセリナには、かなり(こた)えた。眠いし、体はべらぼうに重いし、だるいし、頭も痛い。


 その上、真夜中に見てしまった情景が頭をちらついて離れない。

 寝間着姿の若様は、それはそれは、とても愛らしかった。夕陽色の髪は肩よりも長く、白い寝間着に映えていた。ランプの光の下でもキラキラと輝いて見えた。若様が泣きながら暴れるものだから、前合わせで帯を締める寝間着が乱れて、太腿(ふともも)まで裾がめくり上がり、帯も緩んでいた。

 それが、男前で華やかな顔立ちのフォーリに抱きしめられて、よしよしされたりしていたのだから、何か見てはいけない妙な背徳感を覚える情景だった。その上、悪夢の内容が実際に良からぬ輩に何かそうされたのだろうと推測できる、とても可哀想な状況を想像してまう。

 それが頭から離れなくて、余計にセリナの動きを鈍らせていた。


「セリナ。ちょっと来な。」

 とうとうお昼ご飯を食べ終わった休憩時間に、セリナはジリナに呼び出された。二人だけの場所に連れて行かれる。屋敷の裏庭の外れの物置小屋の前だった。

「セリナ、昨日、聞いたんだね、若様の悲鳴を。」

 いきなり図星を指されて慌てたセリナだったが、恐い母のジリナの前で嘘をつく気にはなれず、素直に(うなず)いた。それに、嘘をついても意味はない。昨夜、便所に行った時のことを話す。


「で、どう思ったんだい?」

 ジリナは腕組みをしたまま聞いてきた。

「……どうって。」

 セリナはうつむいたまま口ごもった。

「夢じゃなくて、本当は…というか、本当に体験したことじゃないのかなって思った。あまりにすごい悲鳴だったから何事かって思ったけど。」

「…まあ、十中八九、体験したことだろうね。」

 ジリナの淡々とした声音と言葉に、セリナは思わず顔を上げた。突き放したような母の態度に無性に腹が立つ。

「体験したころだろうねって、体験したって、まだ、子供だったんじゃないの…!? どう考えても縛り上げて、監禁してたような感じしか想像できないし…!」

 セリナの大声に、ジリナはため息をついた。

「声を落としな。」

「――あ。」


 セリナは慌てて辺りを見回す。ジリナもため息をついて、辺りを見回した。

「まあ、今の所は大丈夫そうだよ。それよりもね、セリナ。あんた、分かってんのかい?」

 ジリナの言っている意味が分からず、セリナは首を(かし)げた。

「…何が?」

 全く、この子は何も分かってないんだね、とぼやいてから、ジリナはセリナに現実を突きつけた。

「いいかい、権力ってのは、そんなもんなんだよ。ましてや、玉座がかかってんだから。」

 ちゃんと理解していないのにも関わらず、咄嗟(とっさ)にセリナは反発した。

「権力って何よ、だからって、子供に(ひど)くないの…! だって、まだ、十歳にもなってなかったんじゃないの!」

 セリナはお腹の底から怒りがわき上がってきて、必死で声を抑えた。その一方、母のジリナは淡々としたままだった。

「セリナ。誰が、あの子にそうしたと思ってんだい?」


 その問いは、頭に血が上って(わめ)いているセリナを黙らせるのに十分だった。ジリナの声は淡々としていたが、まるで真冬の凍りかけた泉の水を頭から被せられたかのように、セリナは感じた。実際に経験があるが。

「…誰が、そうしたって、誰なの?」

 セリナは言われた意味を理解できず、口まねのように聞き返した。

「じゃあ、聞くけどね、前の王様は誰だったんだ?」

「前の王様って、あの若様のお父さんでしょ。前の王様の子供だったってことは知ってるし。」

 セリナは嫌な予感がしながら、尻すぼみになりつつ、もごもご言った。

「そこまで分かってんのに、分からないのかい? それとも、分かろうとしていないのかい? 今の王様は誰なんだい?」

 誰って、誰なんだろう。都の政治の話に興味がなくて、覚えていない。

「…だから、都の情勢もちゃんと知っておくように、日頃から言ってるだろ。」

 ジリナがいつもより若干、優しく言ったので、セリナはうつむいていた顔を上げた。

「…ごめんなさい、覚えたふりしてて。」

「今の王様は、前の王様の弟だよ。」

「――え? 弟? 前の王様の?」

 そうだ、とジリナは頷いた。その母の顔をセリナは穴が空くんじゃないかと思うほど凝視(ぎょうし)した。視線を動かせなかったのだ。身内だろうとは思っていた。王様の血筋っていうことが大事だとは知っていたから。でも、でも、それでは、あまりに残酷ではないのか。


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