王太子の来村 12
セリナはジリナに若様の置かれている状況を説明してもらったことを思い出して……。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
『じゃあ、貴族を通してあげなきゃいいじゃない。』
『そうもいかないのさ、国王様からすれば。』
『…なんで?』
『謀反を起こさせないためさ。』
『…はぁ?』
本日、一体、何度はぁ? と言ったか分からない。
『若様がそんなことするわけないじゃない。なんで、そんなことも分からないんだろ。』
セリナはプリプリした。
『本当にそうかい? セリナは本当に若様が国王様に抵抗しないと思っているのかい?』
ジリナの冷静な声に、セリナは思わず継母の顔を注視した。抵抗しない?
『どういう意味? もしかして、嫌だっていって抵抗するのも謀反に入っちゃうの?』
『場合によってはね。それに、本人にその意志がなくても担ぎ上げられることもある。本当に馬鹿のふりして謀反を起こす場合だってある。実際に過去にはそんなこともあったのさ。』
考えもしなかったことを次々と指摘され、セリナはジリナを見つめた。
『だから、ちょろまかすって分かっていても、世話する貴族を通して生活費を支給するのさ。』
セリナには理解できなかった。
『ふーん、変なの。意地悪してあげなければ、簡単に追い落とせるのに、なんでしないの? やっぱり、それが一番簡単だと思うけど。どっちも、ややこしいことしなくてすむじゃない。』
セリナの質問にジリナは笑った。
『それは馬鹿のやることさ。そうすれば、確かに見た目は手っ取り早いよ。でもね、考えてごらん。わたし達でさえ、今の国王様は正当に王位に就かれたとは思っていない。ましてや貴族様や議員様達だよ。わたし達以上にそう思っているさ。みんな、内心では不満に思っている。』
確かにジリナの言う通り、こんな田舎の村人でさえ知っている。
『そこで、若様から何もかも奪ってごらんよ。甥にそこまでするのかと不評を買い、政がやりにくくなるってもんさ。だから、そんな安っぽいことはしない。ましてや八大貴族を率いているレルスリ家だよ。なんでも、頭を張る奴ってのは一筋縄じゃいかないものだ。覚えておくんだよ。レルスリ家は今の国王様でも簡単に追い払えないんだ。』
『でも、若様を生かしてそんなことをして、何かいいことあるの? 貴族達の不満を買わない以外に。だって、不満を買ってもいいって思ってるから、刺客を送る人がいるんでしょ。でも、今の話からいったら、レルスリ家は刺客を送らないってことだよね。』
ジリナの口元が弧を描いた。
『お前も少しは頭が回るようになってきたんだね。若様を生かしておいていいことがあるさ。レルスリ家は若様を生かしてその動向を完全に把握することによって、今の国王様も、前の国王様についていて若様に復権して貰いたい貴族達も、王妃様も、そして、一応仲間の八大貴族達も、みんな一手に握って調整できるんだからね。』
セリナは考え込んだ。
『…じゃ、じゃあ、今、一番の実力者っていういか、権力の実権を握っている人って、王様じゃなくてレルスリ家ってこと?』
『そういうことさ。』
『その人の名前、なんていうの? その、なんだっけ、そうだ、当主の方の名前。』
家の主って何て言うんだっけ、と考えながら話すと答えが見つかってよかった。
『あんたね、それくらい覚えておきな。』
ジリナが呆れた調子で言った。
『バムス・レルスリだよ。はっきり言って、ご領主様のベブフフのご当主よりも、おつむのできも顔立ちもいいね。まあ、この国一番の色男だと言われているお方だからね。』
セリナは母の話し方に引っかかった。
『…母さん、その人、知ってるの?』
『…ん? ああ、わたしが勤めている頃、ご領主様のお屋敷に来たことがあるのさ。なんて言ったって、同じ八大貴族だからね。』
そんな話を数日前にしたのだった。チャリと小銭を鳴らして、セリナは決めた。
(このお金、取っておこう。何かあった時に使うんだ。)
何かあるのかどうか分からないが。若様の方がありそうだ、と思った所ではっとした。若様はもうすぐ行ってしまう。もう一度、お屋敷に行けるだろうか。もし、行けたら、このお金を渡そう。自分のお小遣いだし、何に使ってもいいはずだ。少しでも何かの足しにして欲しい。
(でも、会えるのかな……。)
実質、昨日で最後だったのだ。若様にはちゃんと話せずに頭だけ下げて、帰ってきてしまった。ちゃんと話せなかった。口を開こうとすれば泣きそうになって、変な顔になるのは間違いなかったし、声も変な声になるに決まっていたから。
セリナの胸がぎゅっと痛くなった。
「……若様、元気でいてね。」
悲しくなって、セリナは玄関に鍵をかけると自分の布団に潜りこんだのだった。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




