王太子の来村 9
いよいよ村に王太子がやってきました。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
「辺りはお祭り騒ぎだな。」
「そりゃあ、当たり前じゃない。王太子様が来られるんだから。」
父オルの言葉にセリナが答えると、オルが不思議そうにセリナを見やった。
「お前は忙しくないのか、セリナ。」
のんきそうにしているセリナが不思議なのだろう。なんせ、母のジリナは先にやってきた王太子一行の先行部隊の面々に必用なことを伝えるため、大忙しなのだ。ここ数日、帰ってくる暇も無い。
庭先から向こうの村の大通りに続く道を眺めつつ、セリナは答える。
「うん。忙しいのは昨日まで。先にやってきた王太子殿下のお付きの方々に色々と教えて差し上げて、引き継いできたから。」
洗濯場も必用な随行部隊がやってきたのだ。びっくりである。てっきり、下働きなので地元の人間を採用すると思っていた。ジリナ曰く、王妃様が用心深いお方だそうである。
セリナもさすがに、それだけで分かった。つまり、若様に仕えているような人間が洗濯すると、何か洗濯物に仕込まれるかもしれないから、危険だと思われているということだ。
「…ああ、それに国王軍…親衛隊の方々の洗濯も、上手いこと晴れ続きでなんとか終わっておけたし。だから、かえってお仕事はなくなっちゃった。母さんだけよ、王太子殿下がいらっしゃる間もお屋敷にお勤めするのは。」
セリナは説明した後、額に手をかざして少し遠くを見やった。物々しく国王軍の兵士が通りに一定の間隔を開けて立ち並ぶ。その間をまず親衛隊の兵士が先導し、その後ろをゆっくり王家の家門がついた立派な馬車が進む。もちろん馬車の後ろも親衛隊の兵士が護衛している。その数はざっと見ただけでも、若様の護衛の兵士の倍以上は軽くいる。
「どうした、ため息なんかついたりして。」
オルが不思議そうにセリナに尋ねた。思わずセリナはため息をついてしまったのだ。
「……うーん。なんていうか。わたしね、若様についておられる護衛の親衛隊の二十人って、多いと思ってたの。たった一人に二十人もつくんだって。でも、母さんが本当は二十人じゃ少ないって言っててさ。意味分かんなかった。」
セリナはもう一度、ため息をついた。
「でもね、若様のことを知るうちに、二十人の護衛でよく生きてたなって思って。それで、今、王太子殿下の護衛の数とか、あの国王軍の兵士の並び方とか見ると、若様がどれだけ冷遇されているのかって分かっちゃって、なんか、もやもやするのよね。」
「……うん、そうか。」
出迎えの村人の歓声がここまで聞こえてきた。王太子殿下は窓を開けて手を振り返したりなさっているようだ。
姉妹達は村人の列に加わっている。だが、セリナはそんな気分になれなかった。村の外れの方にあたるセリナの家の近くを通って行かないと、お屋敷の方にはいけない。遠くからそれを眺めるだけだ。
若様はいつの間にか村に来ていた。村中総出で出迎えたりしなかった。護衛もたった二十人で、若様の護衛の親衛隊は馬を使うことを許されていない。でも、王太子殿下のご一行は馬を使っている。確か、ジリナから馬を使ってはいけない理由が、村人の安全を確保するためだと聞いていた。
領主のベブフフ家の使者しかり、今の様子を見てもしかり、そんなのただの言い訳で、結局、若様を冷遇していじめるためだけの理由が欲しかったのだろう。そして、若様を護衛している親衛隊も一緒にいじめられているのだ。
セリナは三回目のため息をついた。馬車が近づいてきて、セリナはちょっと木陰に隠れた。見学の村人のいる場所は決められているようで、こっちの方は来ることが許されていなかった。それで、姉妹達は行ったのだが、案外、家にいた方がよく見えたのではないかとセリナは思った。
割と王太子の顔がよく見えた。意外なことに髪が赤くなかった。だから、余計に王妃は若様を敵対視するのかもしれないと思う。赤い夕陽のような美しい髪は、王家を象徴する至高の色だから。
若様には優しくても、セリナに優しいとは限らない王太子。両親と敵対してまでも若様を助けた従兄だという。厳しいフォーリまでもが一目置いている様子だった。それだけ切れる人物だということだ。だって、セリナの知る限り、フォーリほどなんでもできる切れる人物を見たことがない。その人物が一目置いているのだから、相当な切れ者のはずだ。
だから、側に行くのが恐くもあった。目が合っただけで、何もかも見抜かれるのではないかと心配になって。
「お前は見に行かなくて良かったのか?」
今なら間に合うぞ、と身振りで父のオルは言う。継父であっても優しい父だ。セリナはちょっと笑って首を振った。
「いいの。お屋敷にお勤めしてちょっとの間だったけど、あまりこういうことには首を突っ込まない方がいって、学んだの。ここから拝見するだけにしておくわ。下手に声でもかけられたりしたら、面倒なことになるもの。」
セリナの言い訳にオルが首を傾げた。
「…はあ、そんなことがあるのか?」
「たとえばの話よ。それに、わたしはこれでも一応、村一番の美人で通ってるんですからね。」
セリナは胸を張って見せた。
「…はは、そうだったな。お前は村一番の美人だよ。」
オルは笑うと作業用の上着を着込んだ。
「山に行くの?」
「ああ。我々には関係ないことだ。それに、巣箱を見て回っておかないと、リタの森の方からやってきた、はぐれ熊が壊すこともある。この辺は暖かいから、やってきた熊は冬眠しないからな。それに熊が来なくても猪にやられるかもしらん。」
道具を用意しながらオルは説明する。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




