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王太子の来村 8

 タルナスは勇気のある王太子ですが、それだけにその苦労も険しいものになってしまいます。


 心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。

 恋から愛へ変化する―。

 二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。


 この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。

 推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。

 もっと面白くなることを願って……。      

 

                              星河ほしかわ かたり

「分かっている。今でも耐えられないほどに辛い。あの時に話を聞いたら、自分でも何をしたか分からない。だから、お前達の判断は妥当だったと思う。」

 タルナスの返答を聞いて、ランゲルが頭を下げた。


「実は、セルゲス公が幽閉されていた時の記憶が曖昧なのは、私共が忘れさせたからです。」

 ランゲルの言葉にタルナスは目を(またた)かせた。思わぬことを言われて、すぐには理解できなかった。

「…わ、忘れさせた? そんな、ことが可能なのか?」

 タルナスは(おどろ)きのあまり、滅多にないことにどもった。

「確実な方法ではありません。それに、それが必ずしもいいとも限りません。しかし、セルゲス公のお心の傷があまりにも深いために、そうせざるを得なかったのです。」

 また、ふつふつと沸き上がってくる怒りを抑えながら、タルナスは頷いた。

「そうだろう。見知らぬ男達に乱暴されたのだから。」

「確かにそれもそうなのですが、セルゲス公のお心を最も傷つけたものではありません。残念なことですが、信じてい人達に裏切られたこと、これが最もセルゲス公のお心を傷つけました。そして、殿下がそうするように命じたのだと言われ続けたことです。」


 タルナスは息を呑んだ。思わず左手で胸の辺りを握る。

「…母上が、そう言っていたのだな?」

「……残念ながら。そして、妃殿下の息のかかった者達が。」

 ランゲルは答えながら、タルナスの表情を確認してくる。他の相手ならタルナスの機嫌を計ろうとしているのだと判断するが、未来の宮廷医師団長だと言われているランゲルである。タルナスの体調を心配しているのだ。

 タルナスは苦笑した。握っていた左手を離す。この変な(くせ)を改めないといけない。この癖のせいで余計に心配しているはずだ。


「大丈夫だ、ランゲル続けてくれ。」

 ちなみにカートン家の医師は多いため、姓ではなく名前の方で呼ぶことがほとんどだ。

「そのような状態でも、セルゲス公は殿下を信じ続けておられたのです。ですから、殿下が助けに行かれたので、セルゲス公は助かりました。もし、遅れていたら体の方はお助けすることができても、お心の方はお助けすることができなかったでしょう。」

 母カルーラの、後もう少しで本当に気が狂うはずだった、と言った言葉の本当に意味を理解して、タルナスはうつむいた。泣きたくないのに、じんわり涙が出てきてしまう。変な癖をやめなければと思った側から、左手で胸の辺りの服を握りしめていた。


「…殿下、苦しいですか? 痛みますか?」

 とうとうランゲルに確認されてしまった。タルナスは空しくなりながら首を振った。

「大丈夫だ。ただ……残念だ。なぜだろう。母を私は理解できない。なぜ、私のためだと言って、あんなに残酷なことを平気で出来るのか分からない。私には私のためではなく、自分のためにしているようにしか思えない。それなのに、本気で私のためだと言う。」

 タルナスは鼻をすすった。

「……母のはずなのに、母だと思えない。遠い存在だと思えてしまう。敬いたくても敬えない。間違ったことばかりをしているのだから。」


「殿下。殿下は大変勇気がおありです。」

 ランゲルが静かに話し始めた。

「正義を貫くことは難しい。肉親ならば情に流されてもおかしくない。それを情に流されずに殿下はなさろうとしておいでです。普通の人は大人でも難しいことを、殿下はその若さでなさろうとしておられます。どうか、苦しい時は我慢なさらず、私共にお伝えください。私でよろしければ、いつでも参りますから。」

 ランゲル医師の態度は真摯(しんし)だった。優しくタルナスの胸の中に言葉が響く。

「ありがとう、ランゲル。苦しい時はいつでも伝える。その代わり、夜中でも呼びつけるかもしれぬぞ。」

 タルナスの冗談にランゲルもにっこりする。冗談に付き合っているだけでなく、タルナスが冗談も言えるほど回復したことに安堵したような笑みだった。

「どうぞ、お構いなく。」


 タルナスは少しだけ気持ちが明るくなった。

「よし、グイニスに会う時は、普通の態度でいられるようにしなくては。ポウト、もし私がグイニスの前で妙に湿った態度をしていたら、私を叩け。迷わずバシッと叩いてくれ。」

 ポウトが困った表情を浮かべる。

「何、叩けぬと言うのか?」

「はい。私には殿下を叩くことなどできません。」

「力の加減をしろ。」

「殿下、無理です。ニピ族に無理なことを仰らないでください。」

「全く、死ぬわけでもあるまいし、少しぐらいいいではないか。」

「少しもよくありません。」

 タルナスがポウトを拳で叩き始めた。

「こんな感じだ。」

「…無理です。」

 タルナスがポウト相手に、わざと無理を言って気分を変えようとしている様子を、ランゲルと侍従のクフルは痛ましそうに見つめていた。

 それだけ、タルナスが一人で歩もうとしている道のりは険しかった。

 物語を楽しんでいただけましたか?

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。


                              星河ほしかわ かたり

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