王太子の来村 6
どうも、三日おきの更新は間違えがちで、上手くいっていないようです。申し訳ありません。
タルナスは母のことで悩みます。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
泣き顔を隠す余裕などなかった。とにかく急いで部屋に戻りたかった。ポウトがあまり見られないように隠してくれているが、それでも侍女や侍従が驚いている。
部屋に戻るなり、タルナスは長椅子に座り込んだ。我慢しなくていいと思えば、涙が勝手に流れてうつむいた先の長椅子の上のクッションの上に落ちていく。両膝の上に両肘をついてタルナスは両手で顔を覆った。
あまりに悲しくて、胸が痛くて苦しかった。
「…殿下。」
ポウトが側にしゃがんで背中をさすってくれる。それがまた気持ちよくて、その気持ちが嬉しくて余計に泣けた。
「……どうしたらいい? どうやって、グイニスに罪を償ったらいいのだ?」
なんとか嗚咽の合間にそれだけ言う。
「殿下のせいではありません。殿下の罪でもありません。」
タルナスはポウトにしがみついた。そう言って貰いたかったから、今の質問をした。タルナスだってそう思いたかった。でも、現実はそうではない。世間もそう見てくれない。
十八歳にもなって護衛にしがみついて泣いて、慰めて貰うなんて情けないと思うがどうにもならなかった。
どうしたら、いいのだろう。
そればかり頭の中を巡る。母親のしたことなのだ。それを関係ないと簡単に割り切れない。割り切れないから苦しかった。本当にあれが母親なのだろうか。なぜ、あんなにも残酷な真似ができるのだろう。それを問うといつも決まって、タルナスのためだと答えるのだ。それも嫌だった。一体、いつ頼んだと言うのか。勝手にしておいて、お前のためだとうそぶく母に苛ついてしまう。
少しだけ幸いだったのは、父のボルピスが知らなかったことだ。その態度に腹が立ちもするが、グイニスのことを思えば幸いだった。
ボルピスはもっと幼い時のグイニスを可愛がっていた。だから、グイニスにもその時の記憶はあるだろうから、その思い出が汚されずにすんだのは幸いだった。
そう考えて、少しだけ落ち着く。少しだけ落ち着いたが気分は最悪だった。
「殿下、宮廷のランゲル・カートンが参りました。」
侍従のクフルが告げた。声は聞こえていても顔を上げられなかった。上げたくない。
「殿下、いかがなさいましたか?」
ランゲルが来て、様子をうかがっているのが分かったが、何も答えたくなかった。タルナスの代わりにポウトがことの次第をランゲルに伝えてくれた。しかも上手く要約してくれるから助かる。
「……私は、私はどうしたらいい? グイニスのこの傷は癒えないだろう。私はどうやって、この罪を償えばいい?」
「殿下の責任ではありません。どうか、お心を痛めないでください。」
ポウトにした質問をランゲルにも繰り返すと、タルナスが欲しい答えをくれる。しかし、それで落ち着きはしなかった。
「でも、母の犯した過ちだ。知らんふりはできない。ずっと、疑問だった。グイニスは私のことを忘れるほど混乱していた。そんなひどい仕打ちを受けていたのだ。そんな目に遭えば忘れても仕方ない。」
心の中に渦巻いていることを思わず口に出していた。あんな親でも親なのだ。残酷なことをしでかした後の答えはいつも決まって、息子の自分のため。
ふと、タルナスは答えを見いだした気がした。自分のために過ちを犯すなら、自分が死ねば良い。そうすれば、これ以上の間違いを犯すまい。…いや、母のことだ、自分一人が死ねば、怒り狂って周りの者を虐殺するかもしれない。母も、そして、騒動の元凶である父も殺してから死のう。
「…私は……私は死ぬしかない。父上と母上を殺し、私も死ぬ以外に罪を償う方法がない。もう、これ以上罪を犯す前に、息子の私が止める以外に方法がない。」
ずっと黙って聞いていたランゲル医師が静かだがはっきりと言う。
「殿下がお亡くなりになれば、今度はセルゲス公が苦しまれます。ご自分のせいで殿下を死に追いやってしまったと後悔されます。ご自分の方が死ぬべきだたと思われる可能性だってあります。」
確かにその通りだった。グイニスのことを言われてタルナスは少し冷静になった。
「それに殿下、私も気になっていることがあります。」
滅多に口を挟まないポウトが発言した。少し顔を上げてポウトに発言を促す。
「何者が犯人なのかは分かりませんが、この一連の騒動の裏には何者かがいて、様々なことを画策しているように感じられます。何が目的なのか、今までよく分かりませんでしたが、もしかしたら、その真犯人の目的はこれかもしれません。」
思わずタルナスは顔をさらに上げてポウトを見上げた。
「…それはなんだ?」
ポウトは分かっているのだ。タルナスがこういう話を無視できないことを。普通ならこんなに苦悶している時に、このような話は持ち出さないだろう。だが、タルナスには効果てきめんだと知っている。そして、それは今回も同じだった。
「王室を分裂させることです。もし、それが目的なら、その作戦は成功しているでしょう。もし、殿下がご両親を害した後、自がいなされたら最大の目的を達成したことのになりませんか?」
「……それは、確かにそうだ。」
「仮にそうなれば、残されたグイニス様はどうなりますか? 姉君のリイカ様は遠く離れた国境におられ、お一人で孤軍奮闘しなくてはならなくなるのです。もしもの話ですが、フォーリは大変有能な男ですが、それでも守り切れず、グイニス様がお亡くなりになられた場合……。」
ポウトの言わんことをタルナスは察していた。
「そのとおりだ。直系の王族のほとんどが死に絶えてしまう。私の弟達が生きているが、私やグイニスが仮に死んだ後だったら、私達よりも簡単に殺せるだろう。」
タルナスは自分でも呆れるほど早く、もう冷静さを取り戻していた。生まれた時から王宮で育っているせいか、こういう話を聞くとむずむずしてくる。国は、グイニスは、どうなってしまうのかと考えてしまう。
グイニスが王太子になるんだと思っている時には、こんな思いにかられることはなかった。だが、グイニスが幽閉されて自分が王太子になってからは、グイニスに返すまで決して誰にもこの座を明け渡すものかと思うようになった。端から見れば浅ましく権力にしがみついているように見えるだろう。親子で同じだと見られているだろう。
グイニスに玉座を返すためには、国を安定させなければならない。自分達のせいで不安定になったまま、問題の収拾がつかない状態で返すなんてあり得ない。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




