王太子の来村 5
「タルナス。お前は部屋に戻って休め。グイニスには今度、私が話しておこう。」
ボルピスが眉間の皺を深くしながらタルナスに命じる。だが、タルナスは拒否した。
「…父上、必要ありません。話すとは一体、何を話されるのですか? 今までやってきたことの謝罪とかですか?」
「……。そうだな。今回のことは謝罪が必用だろう。」
少し考えてから話した父の言葉。“今回のこと”ということは、それ以外は謝るつもりがないということだ。タルナスは父に対しても怒りが膨れ上がってくる。タルナスには父のボルピスがグイニスにわざと優しい顔を見せて、飼い殺しにするために謝罪するように思えた。
「…父上、お言葉ですが、そのような謝罪は不要です! かえって…! かえって、グイニスの心の傷を深くします!」
「だが、さすがにこれは……。」
本当に知らなかったような様子のボルピスの様子に、さっきは少しの光明があるような気がしたが、今度は逆に母が言うとおり自分だけは無実だと言っているかのような狡さが見える気がして、無性に腹が立った。
母のカルーラが父と話して激昂する理由が分かった気がして、余計にタルナスは嫌気が差した。自分もこの世で一番嫌いな両親の血を受け継いだ子供なのだと、無理矢理にでも理解させられる気がした。
「今さらなんですか、父上……!」
タルナスは涙を拳で拭ってボルピスを睨みつけた。
「さんざん母上のなさることを黙認されていたではありませんか……!」
ボルピスが不機嫌に黙り込む。今の場合はタルナスの言うことも一理あると思っているからだ。
自分が不機嫌になるようなことを言っても、相手の言うことが一理ある場合、息を吐きながら拳を握って黙り込むのが父の癖だった。それも、王として相手の言うことを聞く必用があるからだろうが、そんなことは分かりたくなかった。普通の子供みたいに親に反抗して文句を言えれば良かったのに。
「もちろん、父上にはそんなつもりはないでしょう。でも、いりません! せっかく忘れているのに、思い出させる必用はないんですから!」
「なに、忘れたですって!?」
父よりも口の達者な母の方が先に反応する。
「どうりで気が狂わないわけじゃ。」
タルナスは呆れて母を見たくもなかった。まだ、父との方が話が通じる。子供の頃は父のボルピスのことを尊敬していたし、少し苛烈な所がある母も、まだ優しさが残っていた。今はこんなに醜い両親を見たくなかった。自分が醜い両親の子供だと思いたくなかった。
「……わたしは、どんな顔をしてグイニスと会えばいいのです。」
タルナスは泣きながらボルピスを睨みつけた。
「だから、言っているでしょう。会わなければいいのです。」
横から口を出してきたカルーラの声を聞いて、タルナスの中で何かが切れそうになった。
「母上は黙っていてください! もういいです! 母上とは顔も会わせたくない!」
タルナスは怒って出て行こうとして、眉間の皺を深くしている父を振り返った。
「とにかく、父上の謝罪は不要です!」
それだけ言うと、大股で部屋を出るために歩いた。
「タルナス、待ちなさい、タルナス!」
「放っておけ。」
「なんですか、あなたは! あの子のことを全く考えないで! だから、そんな呑気なことを!」
母のカルーラが追いかけてくるが、追いついてくる前に部屋を出た。




