王太子の来村 2
セリナの所にフォーリとジリナがやってきた。若様にどんなに請われても王太子に会うなという。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
その日、夕方になる前にフォーリとジリナがやってきた。きっと、王太子に会う件だとセリナは直感した。
「セリナ。午前中に若様が言われていたことだが、どんなに若様がお前に頼んでも、決して殿下に会ってはならない。」
フォーリの言葉を聞いてセリナは覚悟しつつも、やっぱりと納得した。
「はい。そうだろうと思っていました。わたしもその方が安心ですし。殿下の前で何か粗相しないかと心配なんです。」
セリナの答えにフォーリはよろしいと頷いた。
「やっぱり、お前もそこまで馬鹿じゃなかったね。」
ジリナも隣で頷く。
「一応、殿下のことを伝えておくが、殿下は若様にとっては、とても優しい従兄でいらっしゃる。若様をお助けするためだけに王太子になられた方だ。」
フォーリが王太子について説明を始めた。
「お一人で若様をお助けするための計画を立て、できる限りの準備もされていた。わずか、十三歳になるかならないかの頃からだ。若様の救出が速やかにできたのは、ひとえに殿下の計画と綿密な準備があったからに他ならない。あの時、お助けできなければ間に合わなかっただろう。言っている意味が分かるか?」
セリナは首を傾げつつも頷いた。
「王太子殿下がとても賢い上に、実行力とご両親に刃向かうことのできる心の強さがおありなんだとは分かります。」
フォーリはふむ、と頷いた。
「やはり、お前の頭は悪くない。それだけの器の方だ。つまり、王としての才と器量をお持ちだ。若くとも政治を行う能力に長けておられる。この間、若様のことを見て分かっただろう。ベブフフの使者のことだ。」
言っている意味は分かった。若様が突然、口調も態度も変わって、まるで氷の鎧を纏っているかのように感じた。セリナが頷くとフォーリは話を続けた。
「殿下はそれ以上だ。若様よりその能力に長けておられる。もし、お前が若様を危うくさせる……、つまり、お前の存在が若様を危険にさらすとお考えになれば、殿下は容赦なくお前を殺す。だから、決してお会いしてはならない。」
「ご心配なく。わたしも若様には優しくても、わたしには優しい方なのかどうか、分からないと思っていました。」
セリナが不安を話した所でジリナが口を挟んだ。
「だから、わたしは当日、この子を休みにして家にいさせようと思っていますが、どうしますか?」
ジリナの質問にフォーリは考え込んだ。
「先ほど若様が親衛隊を使い、あなた達の家はどこか村娘達から聞き出させていました。」
「…随分、手回しのよいことで。その様子じゃ仕事場にも来るかもしれないし。」
「……まあ、それでも家にいるのが一番いいだろう。」
結局、セリナは休みになり、親衛隊の姿を見かけたら隠れて様子を見ていることになった。親衛隊も、若様に命じられれば来ざるを得ない場合もあるからだ。
「ああ、それと。」
フォーリは行きかけてジリナとセリナの親子を振り返った。
「二人には話しておこう。おそらく、一ヶ月後に若様はこの村を立たれる。」
「それは、つまり…。」
意味を理解した様子のジリナにフォーリは頷いた。遅ればせながらセリナも勘づく。
「一ヶ月後、殿下がここに来られる。あまり、長くはご滞在されないだろう。他の地域への行幸も兼ねておられるからだ。そして、殿下は若様を一緒に連れて行かれるだろう。」
セリナは胸がつきん、と突き刺したように痛くなった。こんなにも突然、別れがやってくるとは思っていなかった。いつかは必ずやってくると分かっていても。それでも、早いと思ってしまう。
後、たった一ヶ月で若様は行ってしまうのだ。
「殿下には先日の事件をご報告しないわけにはいかない。お伝えすれば必ず若様を案じられる。」
セリナは声も出せなかった。だから、余計にフォーリは若様がどんなに行っても、王太子殿下に会ってはならないと言っているのだ。セリナが焼いたパンに毒が付けられていた。王太子はきっとセリナを危険人物だと判断するだろう。
「セリナ、分かったね?」
沈黙したセリナはジリナに声をかけられて顔を上げた。勝手に涙が流れそうだ。胸がきゅっと締め付けられるような、切ない痛みが走る。
「…分かってる、ます。」
泣きそうなのをぐっと堪える。
「セリナ、大丈夫じゃないね。だけど、しっかりしなさい。仕事の手を抜くんじゃないよ。」
ジリナに厳しく注意されて、それでも反論してしまう。今までになく悲しいのだ。
「分かってるけど、悲しいもん。」
とうとうセリナは言った。フォーリがまだいるが、口は止まらなかった。
「お別れがあるのは分かってたけど、なんか急に目の前に迫ってきちゃって、悲しいんだもん、しょうがないじゃない。だけど、王太子様が真っ当な人で良かった。わたしだってロナとは喧嘩ばかりだけど、危ない目にあったって聞いたら、そんな所に置いておかないもん。だから、若様にはそれがいいんだと思う。」
セリナは勝手に言うだけ言うと退室した。もう涙を堪えられなくて、止まらない。泣きたくないのに、若様とお別れすると思うと、勝手に涙が流れてきてしまう。
フォーリもジリナもセリナを引き止めなかった。
「まったく、あの子は。すみませんね、後できちんと叱っておきます。」
「いや、構わない。それより、あなたには世話になった。おそらく礼を言う暇がないだろうから、今、伝えておく。」
「いいえ。こちらこそ、いろいろと不手際があったのに、穏便に済ませて頂いて感謝しています。」
ジリナは頭を下げてから退室しようとしたが、ふと足を止めて振り返った。フォーリは黙ってジリナを見ている。
「ところで、事件の犯人の目星はついたのかい?」
何の前触れもなく話を始めたが、フォーリには何の話をしているのか分かった。口調がくだけているので屋敷で働いているジリナではなく、村人のジリナの立場で話しているということだ。
「……。」
フォーリが答えようもなく黙っていると、ジリナはふっと力を抜いたように微かに笑った。
「遠慮なんていらないよ。遠慮なんてしてたら、あんたでも危ないかもしれないよ。」
フォーリの返事を確認することなく、ジリナはそれだけ言って立ち去った。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




