王太子タルナスの回想 5
タルナスは治ってきたというグイニスに会いに行って……。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
その後、グイニスの護衛はしらばらくして、やってきた。ポウトという青年だ。フォーリよりは年下に思われた。だが、実際にグイニスの元に行けたのは、半年も後になってからだった。
グイニスは心の傷が深くて、誰にも心を開かず言葉をほとんど話さなかったという。それが、笑顔を見せるようになったと聞いたので、何が何でも会いに生き、護衛も交代しなければならないと思った。その機会を逃せば、二度と会えないかもしれない。
タルナスはポウトと一緒に、グイニスとフォーリに会いに行った。場所はカートン家の隠れ屋敷だ。
庭園に案内されて、呼んでくると言った医者の申し出を断った。しばらくグイニスと会っていない。いきなり呼びつけたりしたら驚いて、また言葉を話さなくなるかもしれないと思ったのだ。様子をみて落ち着いているようだったら、その時、出て行って会うと伝えると、医者は驚きながらグイニスのためにはその方がいいと承諾してくれた。
黙って大木の影に隠れて待っていると、向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。グイニスの声だとすぐに分かる。あんなに楽しそうな声は久しぶりだった。良かったと心の底から安堵すると同時に、目の前の光景に、タルナスはなぜか胸が締め付けられるように痛くなった。
グイニスがフォーリに肩車されている。こけていた頬は幾分ふっくらと戻り、骨と皮だけのように痩せ細っていた体は肉が戻ってきていた。それでも以前よりは細い。
そのグイニスが楽しそうに笑っている。本当に楽しそうな笑い声と、久しぶりに見た輝くような笑顔にタルナスは涙を堪えきれなくなった。
そして、タルナスの胸が痛いのは、ただ安堵したからではないことが分かっていた。羨ましいと思ってはいけないのに、羨ましかった。
グイニスの心を開くために、フォーリがどういうことをしたのか、タルナスには分かってしまった。グイニスは二歳の時に父のウムグ王が崩御している。だから、父を知らない。フォーリは兄のように、そして、父のようにグイニスに接したのだ。だから、グイニスは心開いたのだと。二人の姿はとしの離れた兄弟のようであり、父子のようでもあった。
タルナスは肩車をしてもらった記憶がない。タルナスが五歳になる前に、父のボルピスは二歳のグイニスの代わりに摂政となり公務で忙しくなった。抱き上げて貰った記憶はある。でも、それも六歳頃までだ。
タルナスの両親は仲が悪い。二人が顔を合わせれば口論が始まり、父の忙しさが増すに連れて母の忙しさも加わっていった。それを紛らわすように父は、他の女性との間に子をもうけ、母違いの弟妹が増えていった。
王として後継者たる子孫を残すためだと、頭では分かっている。タルナス一人だと何かあった場合に困るからだ。本当はグイニスもそこにいるのに、父のボルピスは戦力に数えていないだろう。
頭では分かっていても、複雑な気持ちを抱え、寂しさが募るのは事実だった。本当なら弟妹が増えるのは嬉しいはずなのに、全然嬉しくなかったし、弟妹が増えてもタルナスはいつも一人だった。
そんなタルナスの心を救ってくれたのが、グイニスだった。グイニスはなぜか、タルナスに懐いてくれた。いつも後を追ってきて可愛かった。二人が一緒に遊ぶようになると、グイニスの姉のリイカも、必然的に一緒にいる時間が長くなった。リイカはタルナスにとっても姉だった。
リイカとグイニスの母のリセーナは、大変な美女であったが、どこか、よそよそしさを感じてなじめなかった。それでも、タルナスが二人のところに遊びに行くと迎え入れ、茶やお菓子を出し、グイニスと同じ部屋に泊まらせてくれた。そんなリセーナもグイニスが七歳の時に亡くなった。
完全に何かが変わり始めたのは、その頃からだ。父も母も何かが変わった。貴族も王族も議員もみんな、何か変わっていた。空気が違って恐ろしくなった。
だから、タルナスは余計にグイニスとリイカを大切にした。もはや、二人を守る人はいない。子供のタルナスにだってそれは分かっていた。リイカとグイニスは王女と王子だが、孤児でもあった。
大人達の異変に気づかないふりをした。リイカも大人達の異変に気が付いていたのだろう。以前からお転婆姫だったが、一層、剣術と乗馬を熱心に取り組むようになった。
タルナスとグイニスも時々、姉に付き合わされた。二人がきついとか、痛いとか文句を言ったり泣きべそをかくと、この国の王子達は弱虫で泣き虫だと叱られた。
今ではそれもいい思い出だ。リイカは最前線に送られた。反対した。今までになく反対した。父に母に抵抗したけれど無理だった。出発する当日、真っ赤に泣きはらした目で見送りに行くと、泣き虫だと叱られた。叱るリイカ自信も泣いていていた。口では叱りながら強く抱きしめてくれて、弟を助けて、と耳打ちされた。
その日以来、タルナスは泣くのを堪えてきた。リイカとの約束を守りたかったし、タルナス自身もグイニスを助けたかった。その約束を果たせたのは、ひとえにフォーリのおかげだった。
今、そのフォーリに肩車されて、グイニスが笑い声を上げている。羨ましいと思ってはいけないのに、羨ましかった。胸が痛かった。
分かっている。分かっているから涙止まらない。もう護衛の交代はできないと。グイニスにとって、フォーリは唯一、心を許せる相手だと。
フォーリと別れる前にタルナスは言った。グイニス相手にグイニス王子殿下と呼ばないで欲しいと。ニピ族は主として仕える相手に役職で呼ぶことは少ない。相手が王やタルナスのように王太子という立場でない限りは、若様やお嬢様、旦那様、奥様、などと呼ぶ。だから、グイニスに対してもそう呼ぶように言った。
以前、こんな会話をしたことがあった。ニピ族の主従を見かけた時だ。
『従兄上、いつか、私にもニピ族が護衛についてくれる?』
『きっと、そうなるよ。お前が王太子に立太子されたら、必ずね。』
『ニピ族は仕える相手を選ぶといいます。私に仕えてくれる人はいるかなあ?』
『もちろんだよ。お前は良い子だ。だから、きっと必ず現れるよ。』
『そうなればいいなぁ。』
グイニスは頬を染めて嬉しそうに笑った。
そういう経緯があったことをフォーリに伝え、若様と呼んで貰うようにしたのだ。もしかしたら、そういうことは覚えていて、仕えてくれているわけではないと知ったら、傷ついてしまうかもしれないと危惧したから。
だから、タルナスはそうして貰うことにした。タルナス自身がそうしたのに、実際にフォーリが帰ってこないと分かると、羨ましくなって悲しかった。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




