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王太子タルナスの回想 1

 キーパーソンの王太子の回想です。


 心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。

 恋から愛へ変化する―。

 二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。


 この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。

 推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。

 もっと面白くなることを願って……。      

 

                             星河ほしかわ かたり

 早くしないと。焦りで足がもつれそうだった。必死で走る。だが、大人の中で一人、子供だったから遅れがちになってしまう。

「失礼します。」

 そう声がしたかと思うと、しっかりした腕に抱きかかえられた。

「申し訳ありませんが、今は急ぐのでこの体勢でしばらくご辛抱ください。」

「ありがとう、フォーリ。」

「殿下の護衛ですから。」

 フォーリの小脇に抱えられて、薄暗い廊下を進んでいく。

「こちらです。」

 案内役の貴族、ナルグダが鍵を取り出した。ナルグダの護衛が見張りの兵士を打ち倒す。兵士が床に倒れるのを待たずに、ナルグダは鍵穴に鍵を差し込んだ。そこにも見張りが立っている。耳が聞こえないらしく、ナルグダが紙切れを見せると、仕方なさそうに見張りの男は立ち上がり、鍵を取り出して開けた。ナルグダの護衛がその男の襟首をつかみ、一緒に中に入ってから気絶させた。


 一瞬、思考が止まった。


 それは、タルナスだけでなく共に入った一同がそうだった。護衛のニピ族達でさえ、すぐに現状を理解できなかったかもしれない。

 便所の臭いやすえたような臭いが入り交じり、悪臭が漂っている。部屋には明かり取りの窓が高い位置にあり、そこから光りが差し込んでいて中は明るい。首を巡らせ、寝台の上に寝ている従弟を見つけた。

 やけに心臓の音が大きく聞こえ、自分の吐く息でさえも耳元でするようだった。やたらと自分の行動が遅い気がする。

「グイニス…!」

 フォーリに下ろしてもらったタルナスは、動物のように首輪上の(かせ)をつけられ、鎖に繋がれて()せ細った体を丸くして寝そべっている従弟に駆け寄った。足には縄がつけられ、それが擦れて痛々しい傷を作っていた。


「なんてことだ。」

 ナルグダが(かす)かに震える声で呟いた。タルナスも全く同感だった。同時に強い怒りを覚え、さらに、もう手遅れなのではないかという恐怖も感じた。

 グイニスは服を着せられておらず、最初に来ていたはずの服は彼の手の届かない所に投げ捨てられて、薄く埃が被っていた。

 意識があるのか、ないのかも分からない。

「早く、早く枷を外せ…!」

 タルナスは大人達を急がせ、その一方でグイニスの頬を軽く叩きながら呼びかけた。

「グイニス、グイニス、聞こえるか?」

 再三のタルナスの呼びかけに、微かに(まぶた)が震え、目が開いた。

「殿下、失礼します。」

 横からカートン家の医者が出てきて、グイニスの様子を確認する。

「殿下、呼びかけてください。」

 使える者は王でも使う、と時に皮肉られるほどの、筋金入りの医師の家門のカートン家の医師の要望である。たとえ、カートン家の医師の要望でなくてもタルナスは聞いたが、すぐにもう一度、名前を呼ぶ。

「グイニス、聞こえるか? 私だ。タルナスだ。助けに来たぞ。分かるか?」


 薄い胸が上下して、乾いてひび割れた唇が開いた。

「…あ、あにうえ?」

 かすれた弱々しい声だが、声は聞こえているらしい。心底ほっとする。だが、まだ予断は許さない。ここからグイニスを連れて出て行くのが目的だからだ。

「そうだ、従兄上だぞ。助けに来た。もう少しだけ、頑張ってくれ。大丈夫だからな。」

 今を逃せば、きっと一生グイニスを助けられない。このままでは、グイニスは両親に殺されてしまう。王と王妃になった父と母に。この次の機会はないのだ。

「鍵が…! 全て合わない!」

 ナルグダの悲痛な声が上がった。思わず横を振り向くと、ナルグダの護衛が必死になって鍵を全て試しているが、結局、枷の鍵は合わなくて一向に外れない。


「失礼します。」

 フォーリが横に割って入った。彼は服の帯の間から、革製の道具医連のような物を取り出すと、数本のピン状の物を出して鍵穴に差し込んだ。彼が数回ピンを動かしただけで、ガチャリと重い音を立てて鍵が開き枷が外れた。さらにフォーリは速やかにマントを脱ぐと、小刻みに震え続けているグイニスの上にかけた。

「待て。」

 枷が外れたことでタルナスがほっとしていると、フォーリがナルグダの護衛を制止した。グイニスの足首の縄を切ろうとしたのだ。フォーリは切る前に、足首に結ばれている縄の行方を確認し、無造作に切れば鐘が鳴る仕組みになっているのを見つけ出した。素早く鐘が鳴らないように仕掛けを壊し、栄養失調のためによく見えていないらしい、痩せ細ったグイニスの体をマントにくるんでそっと抱き上げた。

 ナルグダの護衛には、

「殿下を頼む。」

 と伝え、タルナスにはこう言った。

「殿下、申し訳ありません。帰りはそちらにお願いします。」

「分かっている。」

 タルナスは勢いよく頷いた。一刻も早くグイニスを助けたいので、フォーリの判断に全く異論はない。フォーリが弱ったグイニスを抱えてくれるのが一番、安心できる。

「早く行こう。」

 走り出そうとしたが、ナルグダの護衛が背負ってくれた。大の大人の男達が全速力で廊下を走り抜ける。


 時間勝負だった。

 全く使われていないような隠し通路を抜け、行きとは全く違う道のりで宮殿外に出た。どこの馬車か分からないようにされた馬車に分散して乗り込み、カートン家の屋敷に到着した。大急ぎでグイニスを隔離して治療する。 最初からグイニスの治療が終わるまでは、王宮に帰らないと決めていた。話をするまでは決して帰らない。

 だが、協力してくれたナルグダは、王の目をくらませるため、大急ぎで自身の領地に帰った。帰京しているはずがしていなければ問題になる。彼と彼の家族のことを思えば、これ以上の協力を要請するのは酷なことなので仕方ない。


 物語を楽しんでいただけましたか?

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。


                             星河ほしかわ かたり

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