ベブフフ家の使者 11
リカンナは村娘達の若様達に対する態度の豹変に怒っていた。しかし、セリナが何も言わないので……。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
「若様……! 大丈夫ですか?」
フォーリの声に振り返れば、若様がフォーリに抱きかかえられている所だった。大きくため息をつく。
「……疲れちゃった。もう、動けないよ。」
「早く部屋に戻りましょう。ベリー先生にお叱りを受けます。」
「うん…。みんなを傷つけないで済んで良かった。みんなをびっくりさせちゃったね。」
「…若様。」
若様の両目から涙がこぼれる。
「フォーリ、ごめん。あの人を殺させちゃった……。きっと、あの人の家族は悲しむね。」
「若様、どうかお心を痛めないでください。それが私の務めです。」
フォーリは淡々と答えると、嗚咽を堪えている若様を軽々と抱きかかえて部屋に引き上げていった。
どっちが本当の若様なんだろう、と少し不安に思っていたセリナだったが、今の様子を見て分かった。若様は“セルゲス公”を演じていたのだ。本当の自分と違うから、あんなにへとへとになってしまったのだろう。
そう考えると若様は本当に大変なんだな、とつぐづく思う。そして、あんなに優しい若様でもああいう態度を取れることに、セリナは底知れない恐怖を感じもした。
村娘達もそれは実感していた。若様の冷たさを感じる電動に驚いていた。そして、簡単に執事を殺したフォーリにも恐れを抱いていた。
今までのことから、セリナはフォーリが無意味にあの場面を村娘達に見せたりしないと分かっていた。あの場面をフォーリがそのまま何も言わずに傍観していたのは、村娘達にも警告する意味があって、そうしたのだと理解していた。
恐怖を抱けば、みんなやすやすと近寄らなくなる。恐怖を抱かせることによって、無関係の人間が巻き込まれるのを防ぐためだ。すでにセリナが巻き込まれて殺されそうになったから。
だから、村娘達が急に若様やフォーリのことで、きゃあきゃあ噂するのをやめたことを黙って見ていた。「あんなに簡単に人を殺せと言える人だったのね。」とか、「やっぱり、気が狂っているって本当だったんじゃない?」とか言いだしても黙っていた。彼らは百も承知でそうなるようにしたのだから、訂正する必要はなかった。
「ちょっと、ひどくない? 今まであんなに若様が可愛いとか、フォーリさんがかっこいいとか、あんなに夢いっぱいで騒いでいたくせに。」
リカンナが洗濯をしながらも文句を言った。セリナだって腹が立たない訳ではない。でも、余計な口出しをしたらいけないと感じていた。
「ねえ、あんた、腹が立たないの? だって、若様だってあたし達を守るために仕方なくああしたのに。いつもだったら、真っ先に言い返しているのに、どうして黙っているのよ? あんたらしくないじゃない。」
リカンナはセリナがいつもと違うので、それにも苛ついているようだった。
「分かってるのよ。」
「え? どういう意味?」
「若様もフォーリ産もこうなるって、分かってあえてそうしたの。だから、わたしは邪魔をしたくないから黙ってるだけ。」
セリナはさらにリカンナに理由を説明すると、リカンナは唸って黙り込んだ。
「…ねえ、あんたさあ。最近、思うんだけど、なんかおばさんに似てきたんじゃない?」
「ど、どういう意味よ?」
思わずセリナはぎょっとして、リカンナを振り返った。継母であるジリナは、もろもろちょっと普通の枠にはまらない人だ。それに似てきたと言われて、少しセリナは焦ってしまった。
「そんなに驚かなくても。頭の回転とかそういうことよ。」
セリナの驚き具合にびっくりしたリカンナの答えを聞いてほっとする。
「…そ、そういう意味ね。」
しばらく二人は洗濯に精を出していたが、リカンナが口を開いた。
「ねえ、あんた知ってる?」
「何を?」
何か考えながら、言葉を選ぶようにリカンナが続ける。
「あんたのおじさんとおばさん、二人ともこの村の出身じゃないんだよ。」
思いがけない言葉に、セリナの思考は止まった。
「え?」
「やっぱ、知らないんだね。そうだよね。あたしも父さんと母さんの話をたまたま聞いちゃっただけだし。」
「……母さんはありそうな気がするけど、父さんまでそうなの?」
リカンナは頷いた。
「そうなんだって。赤ちゃんだったあんたを抱っこして、家族みんなで引っ越してきたんだってさ。それで、村の出身ってことにして欲しいっておばさんが一生懸命頼むから、そうしてやろうということになったんだって。よそ者だったってなると、子供達が村での居場所がなくなるからって。
その時に結構な額のお金を村中の家に配って歩いたらしいよ。だから、もっと持ってるんじゃないかって、村の一部の人が夜中に家捜しして盗もうとしたんだけど、おじさんが強くて敵わなかったから逃げ出して、それ以来ずっと村の出身ってことになってるって。村人全員が口止め料をもらったから、おばさんに頭が上がらないらしいよ。」
セリナは初めて聞く話にぽかんとしていた。村中に口止め料を払うって、母のジリナらしいといえばジリナらしいがまさか、本当に実行したのかとも思う。
「だから、あたしが言いたいのはね、おばさんもけっこう優しい所があるってこと。だって、子供達のために村中にお金配ったんだから。そうじゃない? それに、おじさんも普段はほとんどしゃべらないけど、けっこう頼りになる人なんだってことよ。」
「そう……、言われればそうかもしれないけど。」
「何よ、歯切れが悪いわね。」
セリナはびっくりして、何を思えばいいのかもすぐには分からなかった。それで、少し憎まれ口を叩いてしまう。
「だって、もしかして、そのせいでうちは貧乏だったってこと?」
「でも、そのおかげでよそ者扱いされなくてすんでるんだよ。分かってるでしょ、この裏の悪い癖。もし、おばさんが普通の人だったら、あんた、今頃、嫌な男の子供を二人か三人、産まされてるかもしれないんだよ。」
「…そうね。あんたの言うとおりよ。この年で三人の子持ちなんて嫌だもん。」
「それとね、この話、内緒だからね。あたしが知ってるって、父さんも母さんも知らないんだから。だから、誰もいない時に言ったんだよ。絶対に口を滑らさないでよね。」
「分かった。」
リカンナにしつこく念を押され、頷き続けたセリナだった。
二人は誰もいないと思っていたが実は人がいた。もちろん、そんな芸当ができるのはフォーリである。ジリナが若様に毒を盛り、襲撃を仕掛けた真犯人を知っていると踏んだので、その手がかりをつかむため、できるだけセリナやリカンナ、そしてジリナ本人の周りに注意している。
今の話からいけば、間違いなくセリナはジリナの実の子だ。おそらく、王宮とベブフフ家で稼いだ金のほとんどを村人の口止め料に使ったのだろう。大胆な女である。
分かったのはこれだけだった。張り付いていても収穫のある話はほとんどないものである。仕方ないな、とフォーリは切り上げることにした。
それにしても、セリナはフォーリや若様の行動をきちんと理解していた。やはり、頭は悪くない娘である。母のジリナにて大胆でもある。この間は大事な若様を守ってくれたので、大変ありがたかった。とりあえず、いいことにして切り上げることにしたのだった。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




