ベブフフ家の使者 3
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
広場ではベブフフ家の領主の執事が、嫌らしくて意地悪なことを言っていた。
「たしかに国王軍の親衛隊ですから、そうでしょう。でも、そんな態度でいいのでしょうなあ? いいのですか、こんな報告を陛下にしても。セルゲス公はますます病が進み、もはやお一人では何もおできにならないと。」
露骨な嫌味であり、脅しだ。田舎者のセリナにだって分かるほどの。
「ですから、のんきに地方の屋敷で療養などと言わず、今すぐにお目の届く所で療養をなさった方がよろしい。もはや、セルゲス公としても、公務をなさる見込みはただの一つもございません、と、ご領主様に報告致しましょう。ご領主様はすぐに陛下にご報告致しましょう。」
若様もフォーリも顔をしかめている。いつもだったら、すぐに詰め寄るだろうフォーリが黙って何も言わない。
「なんと卑怯な。」
ベイルが怒りに声を震わせる。
「そう報告されるのが嫌でしたら、我々をきちんともてなした方がいいですぞ。そこ、ここに人材はおりましょう。」
セリナは頭にきた。自分達が食料をちゃんと出さないくせに、何を言ってるんだろう。食料が足りないから、自分達で狩りに出ている状況でもあるのに。
お見送りのために並んでいたセリナは、みんなと並んで立ちながら義憤に駆られた。怒っているセリナの表情を見て、リカンナがセリナの腕をつかんだ。分かっている。さすがにしゃしゃり出て発言しようとは思っていない。
おそらく、それをすればますます若様の立場が悪くなる。だから、フォーリも黙っているのだ。それくらいの分別はセリナにもあった。
「何がなんでも宴会をしろということですか?」
ベイルが眉をひそめる。そんなにしたいなら、それくらいしてやればとセリナは思う。みんなで頑張って料理をすれば、なんとかなるだろう。
セリナがそんなことを考えていると、領主の執事のまあ、という少々甲高い声で我に返った。
「まあ、セルゲス公は愛らしくお育ちだ。そんじょそこらの令嬢よりも、気品があって美しい。」
若様の容姿が宴会と何の関係があるのか、みんな訳が分からず、娘達は顔を見合わせた。 ただ、フォーリから怒りというか、殺気の気配が漂い始めた。それなのに、執事は続けた。
「セルゲス公が酌をして下さるのであれば、貧相な田舎料理でも我慢致しましょう。なんせ、都の妓楼にもセルゲス公ほどの器量の娘はおりませんからな。なんだったら、……夜のお相手もして頂いてもかまいませんぞ。」
セリナ達は一瞬、思考が停止した。その直後に顔から血の気が失せる。みんな思っていることは同じだ。気持ち悪い!
「おのれ、貴様、黙っていれば!」
ついにフォーリが切れて執事に襲いかかろうとしている。慌ててベイルともう一人が二人がかりで抑え、さらに助っ人が走ってきて、それぞれ一人がフォーリの足を一本ずつ、さらに一人がフォーリの馬の尻尾の髪を引っ張り、なんとかフォーリを押さえ込んだ。
「放せ!」
「放さない! 今、こいつを殺せば、若様のお立場がますます悪くなる!」
同じように怒っているベイルに怒鳴り返され、フォーリは今度は放せと言わなかった。
「許さん! 若様を、若様を!」
フォーリが猛獣のように猛々しく吠えながら暴れる。
「落ち着いてくれ! フォーリ!」
そんな中、ベリー医師はなぜか何も言わずに傍観していた。時折、廊下の奥を見たりしている。
「面白い眺めだ。護衛のニピ族が護衛の親衛隊に取り押さえられるとは。」
領主の執事と役人が小馬鹿にした様子で眺めて鼻で笑う。
当の若様はますます血の気が失せて、その状況を静かに見ていたが、そっとフォーリに近寄った。若様が近づいてきたので、フォーリは暴れるのをやめて静かになった。鉄扇を固く握りしめている右手に優しく触れる。
「フォーリ、そう怒るな。」
「若様、なりません、あんな男の言いなりになってはいけません!」
フォーリがすかさず叫ぶ。若様は妙に落ち着いていて、その落ち着きぶりが嫌な予感をさせるのだ。何かを決心したような様子に、セリナもちょっと恐くなる。
少しうつむいていた若様だったが、フォーリの顔を見上げるとにっこりした。
「フォーリ、私なら大丈夫だ。別に命が惜しいわけではないが、みんなに迷惑をかけたくない。何も取って食われはしないだろう。酌くらいしてやる。」
その言葉を聞いた途端、フォーリだけでなく、ベイルをはじめとした親衛隊員達全員の顔が青ざめ、血の気が失せた。ぞっとしているようだ。セリナもぞっとしている。きっと、若様は“酌”が何か分かってないのだ。
(取って食われるのよ、若様!!)
セリナは心の中で叫んだ。
「だめです! なりません!」
フォーリがすかさず叫んだ。
「そうです、それはいけません!」
「どうか、お考え直しを!」
ベイルともう一人、副隊長の代理をしているらしい、森の子族出身の隊員も同時に叫んで引き止める。
「でも、そうしないと、みんなに迷惑がかかってしまう。」
みんな、という若狭様の言葉にセリナは引っかかった。みんなって、もしかして自分達のことなのだろうか。そう考えて思い当たった。
「ねえ、みんなって私達のことだよね?」
騒ぎになっている間に、セリナは小声でリカンナに確認してみる。
「きっと、そうよ。あたし達をはべらすって言ったから、宴会はしないって言って、こんな話になってんでしょ、きっと…!」
セリナとリカンナの小声は、他の村娘達にも聞こえて伝わっていく。
執事は嫌らしい顔で笑いながら、若様に近づいた。フォーリが今は動けないことをいいことに、若様の頬を撫でた。若様はびくっとして縮こまる。きっとみんなのために我慢しているのだ。
「ぐおぉぉぉ、貴様、ぶっ殺す!!」
フォーリが縄張りを荒らされた猛獣のように、殺気丸出しで唸って吠えた。だが、それでも執事はその手を止めない。
その執事の動きに、セリナの背中にぞっと悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。今はフォーリの気持ちがよおく分かる。若様が酌をしったら、きっとその先のいたらんことをさせるつもりに違いない。さっき言っていた“夜”までいくつもりだ。
怒りよりも気持ち悪さが先立った。こんな男に若様を汚させてなるものか!
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




