ベブフフ家の使者 2
ジリナさんが暴走気味。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
シークはゆっくり体を起こすと、あれ、と考え込んだ。
(もしかして、広間に行くって言うんじゃないだろうね。)
そう思ったジリナは、考える暇を与えずに昼食が乗った盆を差し出した。
「ほらほら、お食事ですよ。どうぞ。もう、冷めてしまっていますがね、これ以上、冷たくならないうちに。」
ジリナはシークに体をくっつけるようにして、盆の上から匙を取り上げ、食べさせようとする仕草をしてみせた。
「! ああ、大丈夫です、自分で食べます。」
すると、ジリナの計画通りシークは慌てて考えるのをやめ、急いでジリナの手から匙を取り上げて盆を引き寄せようとした。すると、ジリナが強めに盆を抑えていたので、計算通りスープがこぼれて彼の寝間着にかかった。
「ああ、わたしったら、ごめんなさいね、つい、子どもにかまうみたいに、余計なことを。」
言いながら、急いで付近で寝間着にかかったスープを拭いた。
「すみません。少しですから気にしないでください。大丈夫です。」
シークは恐縮し、急いで食事を始めた。他の男ならガツガツ食べるだろうが、そこは親衛隊、急ぎながらも上品に礼儀正しく食事をする。ジリナはそれをゆっくり観賞しつつ、水差しの水をガラスのコップに注いだ。親衛隊になるには、いくつか条件があることをジリナは知っていた。
まず、礼儀作法と言葉遣いがきちんとしていること。次に顔が整っていることだ。三番目に武術の腕である。そもそも、親衛隊候補に挙がる時点で、ある程度の猛者が選ばれている。そのため、礼儀作法と顔の方が選ぶ上で重視されるのだ。
だから、模擬戦でいくら強くても親衛隊になれない部隊は必ずある。最初に親衛隊の隊長にしていいなと思う人材がいたら、その隊長にする者の部隊に、次々に礼儀作法と顔の整った隊員達を部下として送っておく。そうして、将軍達はその中からどの部隊を親衛隊にするか決めるのだ。
かつて、王宮で侍女をしていたから、しかも王妃の侍女であったという、かなり上の方にいたから分かる事実だった。
シークは急いで食べ始めたものの、ふと、護衛の部下達の姿がないことに気がついた。ジリナはもうダメだな、と勘づく。部下達二人がいつも座っている椅子を眺めている。
そして、咀嚼しながらはっと気がついた。
「もしかして、今日、ベブフフからの使者が来る日なのでは?」
「ええ、そうですよ。でも、フォーリさんもベリー先生も、部下の皆さん方もみんな、あなたは休ませて自分達だけで対応するつもりのようでしたよ。そう聞いていますけど。」
ジリナは素知らぬ顔で答える。
「駄目です、私が行かなくては。万一、隊長がいないと知られたら、どんな言いがかりをつけられることか。」
シークは急いで水を飲み干すと、盆を台の上に乗せて寝台から下りた。急いで引き出しを開け、下着を取り出したが、ジリナの存在を思い出して振り返る。
「大丈夫、大丈夫、気にしなくていいんですよ、息子が何人もいるんですから。それより、さあ、早く着替えないと。広間に行くなら時間がないんですよ。それに、一人より二人の方が後ろはすぐに整えられます。」
外套をピンで留めたり、そういう作業は時間がかかる。それを知った上でのジリナの発言だった。シークは困惑していたが急いでいるのもあり、仕方なく着替え始めた。包帯の上から下着を身につけ、顔を急いで洗い、制服を着ていく。最後の難関が髪の毛だった。
シークは大急ぎで結んだが下の方が乱れて一束結び忘れてある。思わずジリナは吹き出した。
「ダメです、そんなんじゃ、ダメダメ。それじゃあ、親衛隊が笑われますよ。ほら、座って。私が結んであげます。時間がないんですよ。それこそ、言いがかりをつけられたらどうするんですか。」
畳みかけるようにジリナは言い、最後の言葉が殺し文句でシークは仕方なく椅子に座る。勝手に彼の髪を梳きはじめた。実は、サリカタ王国では、男女共に髪を伸ばしているが、男女同士で髪を結ぶのは夫婦や婚約者など、親しい間柄に限られる。
それで、シークは躊躇したのである。だが、ジリナはそんなことは一切感じさせず、手際よく作業を続ける。
「申し訳ありません。」
シークは恐縮しているが可愛いものだ。
「よく、結び方をご存じですね。」
国王軍では決まった結び方をする。ジリナは前から知っていたが、こう答えた。
「皆さんの結び方を見て覚えました。はい、できました。」
ジリナはポンポンと肩をはたいて抜け毛を払い、さらに外套のピンまで留める。
「本当に申し訳ありません。ありがとうございます。」
シークは急いで立ち上がり、帯剣した。だが、あまりに急いだせいか、立ちくらみでもしたのだろう、少しじっとして呼吸を整えている。病み上がりの上、毒を飲んで弱ったという話は本当のようである。
「大丈夫ですか? 少し顔色が悪いですよ?」
思わず本当に心配になってジリナは尋ねた。
「大丈夫です。ありがとうございました。」
最後まで丁寧に礼を言ってから、シークは大急ぎで広間に向かっていった。ジリナは後ろ姿を見送ると、ため息をついた。
(可愛い……。お隣のノンプディ様が惚れた理由も分かるさね。世話の焼きがいがある。)
ジリナは一時、余韻に浸っていたが、やがて気を取り直してその辺を片づけて整える。最後に窓を閉めて盆を持ち、もう一度ぐるりと部屋の中を見回し確認してから鍵をかけて出た。
厨房に盆を置いてから、広間に自分も顔を覗かせようと思ったのである。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




