盗み聞き 7
とうとうセリナの悪さが見つかりました。
心に傷を負った美しい王子と、田舎の女の子の恋物語。
恋から愛へ変化する―。
二人の思いは成就するのか、それとも、指先から零れ落ちていってしまうのか……。
この作品は『命を狙われてばかりの王子と田舎の村娘の危険な恋 ~けっこう命がけの恋の行方~』の設定を見直し、大幅に改変したものです。
推敲しようとしていましたが、それに収まりませんでした。基本的な部分は同じですが、主人公セリナの設定が変わったため、変更を余儀なくされる箇所がいくつもあります。脇役達の性格や立ち位置もはっきりしたため、変えたい部分があります。
もっと面白くなることを願って……。
星河 語
そんなこんなで、そろそろ潮時だった。治療も落ち着いた所みたいだし、ベリー医師が出て来るかもしれない。話は面白かったがジリナに勘づかれても困る。
セリナはそっと立ち上がった。立ち上がった途端、足が痺れだして思わず転びそうになる。壁にトンッと手をついてしまい、はっとしたが遅かった。足が痺れて歩けない間にベリー医師とジリナがやってきた。
「誰――、ああ、君か。」
ベリー医師は苦笑した。
「セリナ、何しに来てんだい! お前は!」
当然、すぐにジリナから雷が落ちる。
「へへへへ。」
もう、しょうがないので笑って誤魔化してみる。
「何、愛想笑いしてんだい…!」
「いやぁ、つけられてたなんて気づかなかったなぁ。セリナ、君、なかなかの忍び足の持ち主だね。びっくりしたよ。それで、何の用かな?」
セリナは頭をかいた。
「そのう、ベリー先生にお礼を言おうと思って、後を追いかけたらここに来ちゃったんです。」
「それで、ずっとその後も盗み聞きしてたと? 行儀の悪いことするんじゃないよ……!」
「ごめんなさい。」
とりあえず、セリナは素直に謝った。
「ジリナさん、とりあえず中に入れてやりましょう。足が痺れたんじゃないの?」
「少し。でも、立てます。」
セリナは自分で立ち上がった。
「あの、先生。」
「まあ、中に入って。君には私よりもお礼を言うべき人がいるんじゃないのかな?」
ベリー医師に促されてセリナはおずおずと中に入った。さすがにあの話を盗み聞きした後なので、ばつが悪い。苦笑しているシークと目が合ってしまい、かなり決まり悪い。
(う…! 後で知らない振りしてお礼を言っておこうと思ったのに……! 足が痺れたせいで……! しゃがんで痺れを取ってから立つべきだった。わたしのバカ!)
一瞬にしてセリナは思う。ちなみに盗み聞きしたことについて、反省していなかった。
(しょうがない。ここは、勢いよくささっと謝って、さっさと出て行こう。はったりが大切だって、母さんも言ってたし。)
いつかジリナが言っていたことを思いだし、セリナは一人で気合いを入れた。
「あの! その、この間は、助けてくださってありがとうございました! わたし、最初は分かってたのに、だんだん、フォーリさんが助けに来てくれたところだけ、妙に覚えててすみません。隊員の人達も助けてくれたのに。」
「いや、気にしなくていい。それよりも巻き込んでしまって、こちらこそ申し訳なかった。とても恐かっただろう。びっくりしたはずだ。」
逆に謝罪されてしまい、セリナは慌てた。
「い、いえ! あ、恐いのは恐かったです、ちびりそうなほど、恐かったので。」
「こら、セリナ…! はしたない言葉を使うものじゃないよ…!」
ジリナに注意されてセリナは急いで言い直した。
「あ、えっと、おしっこ漏らしそうなほど恐かったです。」
ジリナも一瞬黙ってしまった。一拍の後、ベリー医師とシークが同時に吹き出した。
「セリナ、さっきの方がまだましだったよ、もう!」
ジリナに頭をぽんと叩かれる。
「だって、はしたないって言うから。」
セリナが口を尖らせていると、笑っていたシークが取りなしてくれた。
「ジリナさん、いいですよ、それくらい。それより、セリナに頼みがある。若様がここにいらっしゃる間は、若様の友達でいてあげて欲しい。」
セリナは真摯な目を向けられて、軽々しく答えてはいけないと思った。思わず姿勢をただして答える。
「はい、分かりました。わたしもそうして差し上げたいと思っていました。若様がわたしのことを友達だって言っていたから、わたしはそうしてあげたいって思いました。一応、覚悟して友達をしたいと思います。今回のことで若様は、友達が欲しくてもできないんだって、分かったので。」
「その答えを聞けて嬉しい。もう恐いから嫌だと言うかもしれないと思った。ありがとう。ここにいる間はよろしく頼む。」
シークに真面目に頼まれてセリナはやる気が出てきた。
「はい、任せてください。それじゃあ、わたしは失礼します。お大事になさってください。あ、もし、母さんが来れない時には、わたしがお食事を運びますか?」
「いや、それはいい。セリナは若様の厨房の手伝いをしているだろう。」
シークに指摘されてセリナは頭をかいた。
「そうでした。そんな暇なかった。それじゃあ、今度こそ失礼します。お大事に。本当にありがとうございました。」
びしばしと元気に挨拶すると、セリナはとっとと部屋を出た。さっさとジリナに捕まる前に退散するに限る。
「お待ち。」
ゆっくりと、しかし、はっきりとしたジリナの声に思わずびくっとして立ち止まってしまう。
「わたしも行くよ。」
内心、ひぃっ、と悲鳴を上げてセリナは動き出した。
「それでは、ヴァドサ殿、ベリー先生、わたしも失礼します。それでは、またお昼時に来ますので。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ、わたしが一番、手が空いているのでご遠慮なく。」
三回目のジリナの猫なで声を聞いて、セリナはぶるぶるっと、水から上がった犬のように全身を震わせた。セリナにお待ち、と言った後の声の変化がすさまじい。セリナはジリナが来る前に大急ぎで部屋を後にする。
「あ、こら! セリナ、お待ち!」
振り返ったジリナがセリナの逃亡に気がついて大声を張り上げる。ジリナはもう一度頭を下げてから退室した。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




