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第一話 立夏の邂逅④


時は流れ、日は傾き。午後の授業も全過程終了したランは、自分の属する図書委員の仕事の為。図書室に居た。

主な業務は、図書室の書物の貸出処理と返却処理。そして、返却された本を元の本棚へと戻す事であるが。本日は早い時間帯に少し人がまばらに行き来していた程度で、大分日の暮れかかった時間帯になると来客の姿は無くなっていた。


(あとちょっとしたら、見回りして鍵閉めちゃっても大丈夫かな……)


室内にあるカウンターに座り、適当に本棚から拝借した本を読みながら思うラン。

生徒の完全下校時間があるので、図書室の開放時間は決まっていたが。利用者が誰も居ない場合は、少しくらい早めに閉めてしまっても問題無いと。先輩から指導を受けていたのだ。

その時、扉が開く音がランの耳に届いた。顔を上げ、誰だろう……と、視線を向けると。そこには、今朝お近づきになった貴公子こと。風紀委員の百合園純矢の姿があった。


(あっ、百合園先輩だ。本、借りに来たのかな?)


何気無く見つめながら、そう思うと。彼はランへと顔を向け、そして嬉しそうな表情になる。


「あっ! あの――」


声を出してから、その音量は利用者が居ないといっても。図書室内としては似付かわしくない大きさであった為、貴公子は足早にランの元へやって来て。


「また会えたね」


と、小声と笑みを送った。

その容姿端麗な相貌から放たれる無邪気な声は、ランの胸の鼓動を加速させるのに充分な破壊力を発揮する。


「ゆっ、百合園先輩!? どっ、どうして……」

「借りてた本を返しに来たんだけど。まさか、また君に会えるなんて……嬉しいな」


眩すぎる笑顔に目を眩ませながら、ランは「あっ、は、はい!」とギコチなく返す。


「朝は名前を聞くの、すっかり忘れちゃってて」


そういえば、ランは一方的に彼の事を知っていたが。彼はランの事を知らないのだ。


「ネクタイの色で一年生なのは分かったけど、君の名前は――」


刹那、乱暴な音を立てて再び扉が開かれる音が響いた。

ランと貴公子は、顔をそちらへと向ける。


(あれ? 四戸君?)


そこに居たのは、ランのクラスに本日転校してきた四戸レイ。

おおよそ、図書室とは縁の無さそうな風貌の彼が何の用事だろう……と、ランが視線を向けていると。


「……見つけました」


という、低く小さな声が聞こえて来た。

彼の様子に、ランと貴公子は状況を全く把握する事が出来ずに二人して疑問符を頭に浮かべる。


「我が聖女……ようやく、ようやく再び相まみえる事が叶いました……!!」


感極まった様子で、絞り出すような声で転校生は涙を両の目に溜めながら言う。

今朝の下駄箱や、教室で見かけた時はずっと無愛想且つ殆ど喋らず。ランに対してだけでなく、誰に対しても素っ気ない態度を貫いていた彼の急激な変貌振りに。ランは唖然としてしまう。


「貴女が亡くなってからの私の人生は、地獄そのもの……そして、自身が死んでからも。私の魂は、百年地獄の業火に燃やされ続けた……」


うっとりとした様子で語る転校生に、何も言えずに耳を傾けるしかないランと貴公子。


「だが、それは大した問題では無いのです! そんな事は、些末な事象。それよりも……死しても尚。貴女と再会出来ない事、それだけが。私にとっての永遠の苦痛だった!」


たかぶった感情を言葉にしていく転校生。


「何よりも、敵国にて火刑に処された貴女の無念と苦しみに比べたら私など……」


しかし、ランにはその内容を全く理解する事が出来ず。


「あっ、あの!」


思い切って、転校生へと声を発する。


「四戸君……? どっ、どうしたの? というか、何を言って……」


その時、彼の鋭い眼光がランへと向けられる。


「誰だ貴様は」


先程までの嬉しそうな様子とは打って変わって。冷たく冷酷な空気が、ランへと放たれる。


「邪魔だ、消えろ」


そう告げられた瞬間、転校生の目が赤く光った。すると、ランの身体に突然衝撃が襲う。彼女は吹き飛ばされて宙を舞い、背中を勢いよく壁へと打ち付けた。


「あっ、君っ!!」


ランへと駆け寄ろうとする貴公子であったが、その前に。転校生によって腕を掴まれ、カウンターへと上半身を押しつけられてしまう。

そして、彼は貴公子の手首を掴み。カウンターに縫い付けた。


「聖女、ジャンヌよ……私の敬愛する主よ」


再び、うっとりとした様子で。転校生は貴公子の相貌に、自身の顔を寄せていく。


「お前は、一体……」


貴公子は何とか、身体を突き離そうとするが。先程、ランを吹き飛ばした力が加わっているのか全く逃れる事が叶わない。


「私をお忘れですか!?」


彼の言葉に、転校生は一度驚愕と嘆きの声を上げるが。すぐさま。


「いや、失礼……風貌が大分、あの頃と変貌していた事を失念していました……」


と、気を取り直した。


「私はジル・ド・モンモランシー=ラヴァル。貴女と共に戦ったジルです」


そう転校生が告げると、貴公子の表情は困惑から驚きに変わる。


「ジル!?」

「はい、その通りです。ジャンヌ!」


貴公子の声に、転校生の歓喜の声が弾けた。


「ああ、思い出して頂き光栄の極み……にしても。まさか、このような麗しい姿で生まれ変わられるとは」


言いながら、転校生は少し荒い息遣いでさらに顔の距離を詰めて来る。


「貴女であると理解していても、何だか興奮して……虐めたくなってしまいますねぇ……」


その言葉に、貴公子は身体も心も凍り付かせた。

貴公子――ジャンヌ・ダルクは、過去の記憶を受け継いで転生し。現在まで生きて来た十六年と合わせて様々な経験をしてきた。戦争に赴いた事も含めて、危険な目にも遭って来た。

しかし、現在の状況は。今迄経てきたものとは、異質な恐怖であったのだ。

尚且つ、女性であった頃より腕力もある男性の肉体で。抵抗が叶わない現状の打開方法に、すぐに行き付く事が出来ない。心に諦めの色が差し込み出した、その時――。

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