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第五話 白百合の芽吹き⑨


「ところでさ、ランちゃん……」


場所は戻ってランの部屋にて。

ジャンヌは動けないランにお粥を食べさせてあげながら。不審気な表情で、ある一点に目を向けて口を開いた。


「どうしましたか?」


疑問符を浮かべるランに。


「コレ……何?」


と、尋ねる。ジャンヌの視線の先にあるのは、切り分けられて皿に盛られた果物なのだが。


「さぁ……ケルベロスの右の首さんとジルさんがお見舞いに持ってきて下さったんですが、果物としか言ってませんでしたね」

「まあ、果物には……違いないだろうけど……」


ジャンヌがそれ(・・)を見て戸惑うのには理由があった。

その一応、果物と思われる代物は。可愛らしくリンゴのように、ウサギの形なんかに切り分けられてはいたが。皮と果肉の色や見た目の質感は、今まで見た事の無い姿形をしていたのだ。


「世界を旅してる時に、見た事は?」

「無いですね……ポポーは食べた事ありますけど」

「ポポー、って……あっ、この前テレビでやってたの見たかも! 『幻のフルーツ』って呼ばれてる果物だよね?」

「そうです! まあ、でも。アレって流通が難しいってだけで、栽培自体はちゃんとされてるんですけどね」


農園の近くで害獣駆除をした時に、沢山食べさせて頂きました……と、のほほんと告げるラン。


「そ、そんな珍しい果物まで食べてるランちゃんが知らない果物って……」

「あっ、そういえば。“サマエルさん”っていう悪魔さんから分けて頂いた珍しい果物、って。言ってました」


サマエル……悪魔……珍しい果実……。

ジャンヌの中で、聞き覚えのある単語達が思考と記憶の海を駆け巡る。そして、少し黙考してから彼女が辿り着いたのは。


「いや、コレ。人間食べちゃダメなものじゃないかな!?」


と、いう結論だった。


「えっ、何でですか?」

「……ランちゃん、アダムとイブって知ってる?」

「人類最初の人間の男女ですよね?」

「そう。その二人を唆して、知恵の実を食べさせ。エデンを追放に追いやったのが、蛇の姿をしたサマエルという悪魔っていう説があるんだ」

「じゃあ、その知恵の実はコレですか?」

「分からないけど、可能性はあるかなって……」


ここまで関連性の高いキーワードが揃うと、ジャンヌとしては疑いの目を向けざるを得ない。


「知恵の実って、確か食べたら知恵が付いたんですよね?」

「まあ、平たく言うとそうだね。善悪の知恵が付いて、裸が恥ずかしくなったって云われているよ」

「なら、大丈夫じゃないですか? 私にも、それくらいの羞恥心や知恵は備わっているので!」

「いや、そういう問題かな……俗に言う、“禁断の果実”と呼ばれてる代物かもしれないのに……」

「始祖様から脈々と受け継がれてきた知恵が、ちょっと増加されるくらいじゃないですか?」

「そんな簡単な話かな?」

「でも、せっかくケルベロスの右の首さんとジルさんがお見舞いに持ってきてくれたので。食べないと申し訳ないですし」


そう言ったランの言葉に、彼女は食欲からではなく。優しさから、言っているのだと悟るジャンヌ。


「……ランちゃんは、本当に優しいよね」


ジャンヌは微笑を浮かべ、パクっとその果実を口へと放り込んだ。


「じゃ、ジャンヌさん!? なんで食べるんですか!?」


慌てて尋ねるランに、ジャンヌは数度咀嚼をして飲み込んでから。


「……ランちゃんが食べても大丈夫か、毒見」


と、笑顔で告げる。


「そんな……ジャンヌさんに、何かあったらどうするんですか!」


いつもより真面目で必死な表情で言うランに、ジャンヌの胸には嬉しさがじんわりと込み上げて来る。


「自分が食べるのには抵抗ないのに、私が食べるのは心配なんだ?」

「そ、それは……私は、丈夫なので平気な自信があると言いますか……」

「ランちゃんは、優し過ぎるよ……」


そう言ってから、ジャンヌの頭の中に一つの予測が浮かびあがる。それ(・・)について、あまり深く考えてはいなかったのだが。ほんの少し抱いていた違和感が、突然に何の前触れも無くジャンヌの中で具体的に提示されたのだ。


「その風邪も、私の所為なんでしょ?」


静かにそっと、ジャンヌは問い掛ける。


「えっ、何でですか?」


不思議そうな表情で返すランであったが、ジャンヌは続けた。


「風邪を引いた事の無いランちゃんが、高熱を出すなんて普通じゃないよね? しかも、神様と揉めた翌日になんて……」


マリや、ランの祖父や父から話しを聞いていた時も違和感は覚えていたが。ランの見舞いにわざわざジルとケルベロスの右の首がやって来ていた事にも、ジャンヌはほんの僅かにだが疑念を過らせていたのだ。


「これが“天罰”、なんでしょ?」


昨日、ランが神を殴り飛ばした事への。


「私を、護った所為で――」

「それは違いますよ」


俯きがちに紡いだジャンヌの言葉を遮って、ランが言う。

そして彼女は眉間に皺を寄せながら、懇親の力を振り絞ってジャンヌへと手を伸ばした。


「えっ!? お祖父様が、今日一日動けないって……」

「根、性……です……!!」


んな無茶苦茶な……と、思いつつ。どこか内心、ランらしくて安心もしてしまうジャンヌ。すると、ジャンヌの右手にランが触れ。


「ジャンヌさん、神様だけじゃなくって……人を殴るのは、褒められた事ではないんです」


と、告げる。触れたランの手の熱さに戸惑いながらも、握り返し、ジャンヌは彼女の言葉に注視した。


「って、私が言うと本当に説得力無いんですけど……」


確かに神だけではなく、人間も悪魔も散々伸してきたランが言うのは本当にそうなのだが。


「でも、ランちゃんは自分の為にその力を使ったりは一度もしなかったよ」

「それでも、やっぱり良い事じゃないです。天罰が下って、丁度良いくらいなんです」


結局は、“暴力”である事に違いは無いですから……と、ランは言う。


「……私、昔。友達を、傷つけちゃった事があるんです」


静かに目を見開くジャンヌに、ランは続ける。


「保育園で、男の子の友達数人と戦隊ヒーローごっこで遊んでた時。必殺技とかを掛け合ってたら、その時に……」


幼児期とはいえ、その頃から父達の真似をして鍛錬をし始めていたランの力は。普通の男児よりも上だったのだ。


「ふざけてやった飛び蹴りが、友達の胸に当たっちゃって。苦しそうに……痛そうにうずくまって、泣きだしちゃったんです」


その時のランは、まだまだ精神的にも思考的にも幼く。自身が軽はずみに起こしてしまった事態に、慌てふためき泣いてしまう事しか出来なかったという。


「幸い、その子は大した怪我にはならなかったですけど。テレビでやるような攻撃技や必殺技、それに自分が習っている技が……初めて、怖いと思ったんです」


自分は、簡単に他人を傷つける事が出来てしまう……と。


「怖くて……しばらく稽古も出来なくなったんですけど、ある日。公園で近所の子達と遊んでた時に、遊具を小学生の男の子達に占領されてしまって」


彼等は、自分達より身体の小さな子供達に威圧的な態度で公園からの退去を促したという。


「遊んでた子達のお母さん達が止めに入ろうとしたんですけど、その前に。私の友達の女の子が、突き飛ばされちゃって……」


反射的に、本能的に。ランはその少年を、彼が友人を突き飛ばした倍の力で突き飛ばしたそうだ。


「それ、ランちゃんが保育園児の時の話だよね?」

「はい。そうじゃなかったら、その男の子は何処かの骨を折っていたかもしれません……」


相変わらず、さらりと恐ろしい事を言う……と、内心凍るジャンヌ。


「やっちゃってから、また怖くなりました……また、人を傷つけてしまった……って」


でも……と、ランは続けた。


「その時、友達の女の子が言ってくれたんです」


“――私の為に、怒ってくれてありがとう”


「って。『北斗ちゃん、お休みの日の朝やってるテレビのヒーローみたいだったよ』って」


少しハニカミながら言うランに、ドキリとジャンヌの胸が高鳴る。


「その後、やっぱり素人相手に力を振るってしまった事は父に叱られました。でも、その場に居た親御さん達や友達から真相を聞いていたからか――」


“――俺やお前が学び、身に付けている技は凶器だ。使い方によっては、他者を理不尽に一方的に傷つけてしまう”


「だから、身体だけじゃなく。自身の力を律する為に、心も強くならなければならない……と、言われました」


真摯に鍛錬に取り組み、頑張り続ける事が出来れば筋力的な力を付ける事は容易だ。けれど、手にしたその『力』が周りの人々より飛び抜けていた時。それをコントロールして上手く使えるか、それとも溺れて呑まれてしまうかはその本人の精神力の強さ次第だ……と、猛はランへ告げたそうだ。


「怖がっても臆病になっても良い。それを忘れず、逃げずに向き合い続ければ。きっと、他者より突出してしまった力でも道を違えずに行使していける」


穏やかな表情のランに、ジャンヌは彼女の“強さ”の秘密を。ほんの僅かではあるが、垣間見た気がした。


「……と、週刊の少年漫画冊子片手に言われました」

「やっ、やっぱり……その雑誌派なんだね……」


最後の一言で台無しになってしまった感が無くは無いが……いや、でも漫画で学ぶ事は多いもんね……と、ジャンヌは半ば無理矢理納得する。


「それからは、遊びでも無闇に技や力を使わないようにと決めました。……でも短気な性格なので、ジャンヌさんも見てる通りあんまり出来てないのですが……」


恥ずかし気に言うランに、ジャンヌは静かに首を横に振った。


「……そんな事、ないよ」


ランは多分、自覚が無いのであろうが。ジャンヌは知っていた。

彼女が手を出てしまう時、それは他人が傷つけられそうになった時だけだと。

出逢ってからのランは自分本位な感情で、自分の為に他人に暴力を振るったことなど一度も無かった……と。


「ランちゃんは、とっても……」


――優しくて、カッコ良くて……。


「とっても、優しいよ……」


――そんな君が……。




好きだよ。

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