第五話 白百合の芽吹き⑧
その頃、その当人達はというと……。
「も、桃瀬さん……」
「何ですか?」
「あの、此処は……?」
櫻小路がマリによって連れて来られたのは、女性向けのオシャレな店が立ち並ぶ街中のケーキ屋さん。二人はそこで、入口から伸びる長蛇の列に並んでいたのだ。
「ケーキ屋さんです」
「そ、それは分かってるだけど……何で、僕達は並んでるのかな?」
「もうすぐ時間限定で販売される、期間限定の瀬戸内レモンのクリームが入ったシュークリームを買う為です」
櫻小路は、ランの家を出る際。『人手が要る命懸けで遂行しないといけない程の大事な用事』と、マリが言っていた事を思い起こしながら。
「こ、これが……大事な命懸けの用事?」
と、尋ねる。
「……そうです」
明後日の方向へ目を泳がせながら、マリが返答。
正直、本当は。期間限定の瀬戸内レモンのクリーム入りシュークリームは、然程重要で命懸けの用事ではなかった。勿論、情報を受信した際には期間中に絶対に食べに行くのは決定事項であったが。それが今日になる予定では無かった。
(私はただ、会長先輩を連れ出して。ランと貴公子先輩を二人っきりにしたかっただけなんだけど……)
特に考え無しで吐いた嘘の引っ込みがつかなくなっただけなのだが、それを貴公子に好意があると思っている彼に打ち明けるワケにも行かず。テキトーに勢いで櫻小路を引っ張り、限定スイーツの待ち列へと並んだのだ。
(例え、会長先輩に恨まれても……私は、親友のラブストーリーを死守してみせる!!)
カラ回った使命に燃えるマリの横で、勝手にランの恋敵認定を受けている櫻小路はというと。
(はっ、初めて女子と二人で放課後に寄り道……しかも、相手は桃瀬さん!! こっ、これはデート? デートなのか!? いや、デートは恋人関係にある男女がするもので、僕達はまだ知り合って一日しか……)
脳内パニックであった。
(そっ、それに! お菓子が大好きな桃瀬さんの事だから、ただ純粋に命懸けでシュークリームが食べたいだけ――)
櫻小路が自身の気持ちを落ち着けようと、心の中で言い聞かせていると。
「先輩、列進んでますよ」
と、マリに手を取られて引っ張られ。
(~~~~っ!!!!!?)
彼の心の中で、言語化出来ていない悲鳴が上がる。
(さっ、さっきまで……裾とか、服越しの腕とかだったのに……てっ、手を……!!)
顔を赤くし、内心慌てふためく櫻小路に気づかぬまま。マリは今後のランとジャンヌの恋愛成就の為の対策と、あとどれくらいで限定シュークリームが買えるだろうか……という事に、脳を動かすのであった。