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第一話 立夏の邂逅③


本鈴が鳴る前にランは自身の教室に到着し、着席を果たす。


「ランがギリギリなんて、珍しいねぇ」


後ろの席に座るマリが、いつもの少しのんびりとした口調で声を掛けた。


「『恋キミ』の新刊読んだら、感動して眠れなくなっちゃって……」

「分かる! 今回の巻はいつにもまして神だった!」


ランの言葉に、嬉しそうに肯定するマリ。

既に、朝のホームルームは開始の時刻を少し過ぎているのだが。未だに担任の教員が来ないのを良い事に、教室内は二人以外にも。近くの席の生徒同士が、あちこちで小さく会話を弾ませていた。


「そういえばね、百合園先輩も『恋キミ』好きみたい」

「百合園先輩って、風紀委員の貴公子?」

「そう!」


ランは簡潔に、朝の出来事をマリに説明する。


「で、百合園先輩が私の荷物を拾ってくれて。漫画見て、嬉しそうだったんだぁ!」

「なんか、意外な趣味だね~」

「ねっ! でも、なんか親近感沸いた!」

「確かに。しかも、風紀委員なのに学校に余計な物持ち込んで注意しないんだ」

「あっ、確かに」


今思えば……と、ランは今更気が付く。


「“貴公子”って言っても、意外と庶民派なのかねぇ~」

「というか、それってアダ名でしょ?」

「あっ、そっか」

「今度、ゆっくり『恋キミ』の事話そうって言ってくれたんだ! マリも一緒に混ざって語ろうぞ!」


笑顔を咲かせて告げるランに、しかしマリは。


「……それは、フラグでは?」


と、いつもより神妙な面持ちと口調で言う。


「学園の注目の的である憧れのイケメンと、庶民の女生徒の距離がふとしたきっかけで縮まり。やがて恋が芽生えていく……の前兆では?」


いつも少し気怠そうな親友の、至って真面目に言っていると思われる言葉に。しかし、ランは。


「いや、それは無いって」


と、苦笑を返した。


「そんな王道、漫画だけだよ」


ランの言葉に「そうかなぁ~?」とマリが溢すと、教室の扉が開かれ。担任である、男性教諭が入って来る。

ランは半身で後ろを向いていた体勢を戻し、黒板と教卓がある教室前方へと視線を向けた。

すると、そこには。担任ともう一人、生徒が立っていたのだ。


(あっ)


それは、ランが先程。下駄箱で衝突をした男子生徒であった。


「今日からクラスメイトになる、転校生の四戸しどレイ君だ。皆、親切にしてやるんだぞ」


教員の声を横目に、生徒達はザワついていた。

入学式を懐かしみ始める高校一年生の五月に、転校生というのも違和感ではあったが。何よりも彼、四戸レイという転校生の容貌が。良い意味でも悪い意味でも目立った物だったからである。

目から刃物でも放っているのではないか、という程の鋭い眼光に。ネクタイも付けずに着崩したブレザー制服。耳にゴツいピアスやネックレス、ブレスレットまで付けた姿は、平和主義の生徒が多いこの学校には似つかわしくなかった。

反面、その相貌は非常に整っており。クラスの女子達にワイルドな魅力を印象付けていた。


「ラン! 来たよ、転校生!」


マリが小声で嬉しそうに声を掛けて来る。


「あっ、うん……」


所謂、少女漫画の王道的な展開が自身の元へやって来た事に戸惑い。ランは親友に、曖昧な返事しか返す事が出来なかった。



  * * *



「ふむ……じゃあ、今朝。転校生とぶつかって、んでその後。貴公子と『恋キミ』きっかけでお近づきになれた……と」


昼休み。校内にある購買にて、順番待ちをしている最中に。マリが後ろに並ぶランに言う。


「メッチャ、フラグ立ってるじゃん!」


マリの言葉に、ランは「そうかな?」と首を傾げる。


「まあ、なかなかお目に掛れない偶然だけど……でも、やっぱ偶然だよ」


ランの言葉に、マリは「そーかなー?」と少し間延びした声を出す。


「そういえば、あの転校生。昼休みになった瞬間、どっか行っちゃったよね~」

「女の子達から逃げたのかな?」


転校生・四戸レイは、昼休みのチャイムが鳴った瞬間に教室から消えてしまっていた。午前授業の休み時間には、クラスの女子。隣のクラスの女子、隣の隣のクラスの女子と。見学や、お近づきになろうと引っ切り無しに声が掛けられていたのだが。


「それで、疲れて何処か行っちゃったのかな?」

「目付き悪くてヤンキーでも、やっぱ顔良けりゃモテるんだね~」

「まだちゃんと話した事ないのに、決めつけたら良くないよ」

「女子達に話しかけられてる間も、ずっと不愛想な感じだったし。近寄りがたいのは事実じゃん~」

「確かに、今朝の百合園先輩と比べちゃうと……」


転倒し、はしたない理由で咽返る女子に。物腰柔らかな態度で手を差し伸べてくれた彼の様は、まさに童話に出て来る――。


「“王子様”って、感じだったなあ……」


優しく向けてくれた微笑み。そして、漫画本の話題が上った際に見た無邪気な笑顔を思い出し。ランにも少し笑みが差し込む。


「ふ~ん、“王子様”ねぇ~」


マリの声に、ランは顔と意識を向けると。親友はニヤリとした表情を浮かべていた。


「そっ、それよりも! ごめんねっ、今日お弁当忘れたからって、購買まで付き合って貰っちゃって!」

「大丈夫~。私、お菓子と菓子パン買いたかったから」

「マリはお弁当もあるのに、大丈夫?」

「甘い物は別腹だから」


へへん! と、マリは嬉しそうに言う。すると。


「あっ、そうだ」


と、マリは声を弾けさせて。


「甘い物といえばさ、この前出来た駅前のクレープ屋さん行こうよ~」


と、告げる。


「良いけど。今日は私、委員会あるから……」

「私も、保健委員の仕事あるから。明日行こう~」

「明日なら大丈夫! うん、良いよ!」


笑顔で約束を交わした二人は、間もなくやって来る購入の為に財布を握り直し。何を食べようか……と、品物を遠目から見定め始めるのであった。

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