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第五話 白百合の芽吹き⑤

「改めて、わしの名は蘭歳三(としぞう)。北斗のじっちゃんで~す!」


か、軽い……言動の若々しいおじいちゃんだな……と、内心少し戸惑うジャンヌ。

彼女とマリは現在、蘭家の居間にて。お茶とどら焼きを差し出されていた。


「儂の親父がのう~、新選組の土方歳三が好きで名付けたんじゃがのう~」


(アレ? ランちゃんも確か、お父さんの好きな漫画から命名されてたはず……しかも、性別が違えば主人公の名前を付けられる予定だったって……)


そこも代々受け継がれるの!? 何気なく紐解かれた蘭家の歴史に、一人驚愕するジャンヌ。


「じゃが、儂……土方より、坂本龍馬が好きなんじゃ……」


(まあ、それは……あるあるですよねぇ~)


“名前”とは、親から子への最初の送り物であるが。その決定や理由付けは、親の独断と偏見が大なり小なり入ってしまうもので。成長し、物心付いた本人が気に入るかどうかは別の話である。


「でもまあ、若い頃は名前負けせん程の美男でのう。女子からモテたもんじゃ~!」


だが、このじい様は満更でも無さそうだった。


「けど、じっちゃん。硬派だったから、付き合った事あるのランのばっちゃんだけだったんでしょ?」


どら焼きを貪りながら、マリが言う。


「そうじゃよ~。儂は、生涯バーさん一筋じゃ!」

「それは……とっても素敵です!!」


出逢ってから恋をして、両想いになって恋人として楽しい事を共有して。やがて結婚というハッピーエンドを迎えるのは、乙女ならば必ず夢見る幸せであろう。

しかし、この世には『破局』『離婚』『浮気』等の不幸や裏切りが、そこら辺にゴロゴロと転がっている。なのに……。


「一人の女性を、生涯ずっと想い続けられるなんて……凄く、素敵だと思います!」


まさに理想的な夫婦像に、ジャンヌはすこぶる感動を覚える。


「何じゃか……乙女チックなんじゃのう、お前さん」

「えっ!? あっ! す、すみません……」


しまった、つい素が……と、内心汗をかくジャンヌの横で。


(我が親友の初恋愛及び、交際相手として。一片の不足無し!!)


と、心の中だけで大興奮するマリであった。


「と、所で! ら、ランちゃんは……ランちゃんの容態は、大丈夫何ですか!?」


話を逸らしたいのもあるが世間話はこのくらいにして、そろそろ本題へと移らねば……と、話しを転換させるジャンヌ。


「おう、そうじゃったそうじゃった!」


歳三は思い出したように、明るく言い。


「マリリンとお前さんは、孫の見舞いに来たんじゃったのう! 今は、部屋で寝ておるよ。今日は一日、起き上がれんじゃろう」


と、続ける。


「そ、そんなに重症なんですか?」


熱で身体が怠いからだろうが、今日一日ずっとなんて……と、ジャンヌが不安を過らせると。


「三十九度の熱でも学校に行こうとしたんでのう、秘孔を突いて動きを完封したんじゃ。今日は、首から上以外動かす事は出来ん」

「病人にする事じゃ無いのでは!?」


やっぱりランちゃんの家族だ!! こんなアグレッシブ過ぎる行動をさも平然と行ってしまうのは、ランちゃんが此処で育ったという確かな証拠だ!!

ランとは違ってジワジワと襲い来る突飛な出来事に、ジャンヌには既に疲れが見え隠れし始める。


「じゃがのう~、そうでもせんと。あの孫は止まらんのじゃ~。基本、イノシシじゃからのう。いや、マグロじゃったか?」

「どちらも孫娘さんに使う表現じゃ無いのでは!?」

「他の輩が言ったら昏倒させるが、儂はじいじ(・・・)だから良いんじゃよ」


あ、ちゃんとジジ馬鹿ではあるんだ……じゃなくて!! 昏倒って……リアルというか、脅しじゃなくて本当にやるんだろうな……と、ジャンヌは思った。


「――親父。帰ったぞ」


すると、玄関の方から重量感のある男性の声が聞こえて来る。


「おう。息子が帰って来たみたいじゃのう」

「そういえば、たけるパパどこ行ってたの?」


歳三の言葉に、マリが尋ねると。


「滝行じゃ」


と、彼は答えた。


「娘が風邪引いて秘孔突かれて寝込んでる時にですか!?」


再び驚きの声を上げるジャンヌ。


「いや、孫の回復祈願の為じゃよ。あやつもあやつなりに、心配で混乱してのう。容態が早く治るように、とな」


考え方が予想外過ぎる方向に飛んで行くのは、蘭家の血統なのかな……と、歳三の説明を聞きながらジャンヌは思わず脱力。


(と、いうか……桃瀬さん、動じないのスゴイな……)


ジャンヌは横目で、しらーっとするマリを見ながら思う。

五年来の付き合いであり、普段のランと行動を共にし、家に遊びに来たりで慣れてしまったと言えばそれまでだが。彼女も当初は、ジャンヌに負けず劣らずの驚愕を連続させていた。

しかし、それを知らないジャンヌの胸には。少し黒い(もや)の影が一瞬過り、チクリと内側から何かが刺さる感覚に襲われる。その理由を、具体的に認識しようとした時。


「親父、鮭を具材に粥を作ろう! きっと、北斗もすぐに元気になるはずだ!」


豪快な声と共にジャンヌ達の前に現れたのは、父親にも娘にも似ていない。筋肉質な巨体の大男であった。


「ん? 客人か……おぉ! マリちゃんか! 久しぶりだな!」

「猛パパ、お久~!」


世紀末覇者のような風貌と雰囲気を持つランの父に圧倒されながら、ジャンヌは彼の左手に大きな鮭。右脇に、櫻小路光一が抱えられているのを発見する。


「会長!? 何で捕獲されてるんですか!?」


挨拶を失念し、思わず声を荒げてしまうジャンヌ。


「ああ、彼か?」


萎縮した様子の櫻小路に変わり、捕獲者本人が説明を始める。


「何やら、我が家の前をウロウロとしながら様子を伺っていたのでな。折角なら、少し寄っていけ! と、招待したのだ」


招待? 誘拐では? と、ジャンヌは目の前の様子を見て考えを過らせる。


「ところで君は?」

「あっ、は、初めまして! ラ……蘭さんの学校の一個上の、百合園純矢です」


ランの父、猛は「なるほど……」と言いながら。ジャンヌへと鋭い視線を飛ばす。


「あ、あの……」


何!? 私、何かした!? と、内心戸惑っていると。


「君は……マリちゃんの恋人かい?」


猛の質問に、戦々恐々としていた櫻小路の顔が勢い良く上がる。


「いえ、違――」

「違うよ、猛パパ。貴公子先輩は、ランのだよ」

「えっ!?」


予想外過ぎる否定が入り、驚くジャンヌ。


「も、桃瀬さん!? 違っ――」

「それは本当かい!?」


すると、猛の手から逃れ。櫻小路がジャンヌ達の元へとやって来る。


「もっ、桃瀬さんと百合園君は……こっ、恋仲なワケでは無いんだね!?」


は、はい……と、ジャンヌが戸惑い気味に答え。「てか、あんま話した事すらないですよ~」と、マリが答える。


「あの……会長は何故、蘭さんの家に?」


ジャンヌの質問に「えっ、いや、その……」と、櫻小路が口籠っていると。


「何故なんだい?」


猛の強面の顔が、ズイっと押し寄せて来る。


「いや、あの……桃瀬さん、と……百合園君が、並んで帰宅しているのを、見て……その……」


言いながら、櫻小路はマリを見て。顔を赤らめ、視線を下げた。


(会長……まさか、桃瀬さんがっ!?)


ジャンヌの中に潜在する“女の勘”が鐘を打ち鳴らす。

今まで、数多あまたの女子達に囲まれアプローチをされてきた彼の姿をこの目で見てきた――ちなみに、その横でジャンヌ自身も女子達にモーションを掛けられていた――が。いつも余裕の表情で、紳士的且つ大人な対応をして上手く交わしていた櫻小路の姿はそこに無く。今の彼は、不器用で純粋な年頃の男子であった。


(意外な組み合わせだ……)


そういえば、昨日。ランと飲み物を買ってから保健室に戻ると、目覚めた櫻小路とマリが会話をしていたが……その時に、何かあったのだろうか?


(ちょっとショック……な、気もしなくはないけど……)


でも、普段見せない櫻小路の表情と様子に。何だか、ジャンヌの心に温かなものが広がり。


(会長が幸せなら、それで良い……か)


という、気持ちに落ち着くのであった。

一方、想われているマリはというと……。


(なんで会長先輩が、私と貴公子先輩が一緒に歩いてて尾行するんだ?)


お茶をズズッと啜りながら思考を巡らせていた。


(男女交際の禁則……は、ウチの学校は無いはずだし。じゃあ、アレか? 私と貴公子先輩が付き合ってるって勘違いして、嫉妬して……)


そこで、マリはハタと気が付く。


(まさか、会長先輩……貴公子先輩の事が!?)


そして、とんでもないゴールへと辿り着いた。


(そんな、まさか……二次元じゃあるまいし……いや、二人は“聖なる叛逆”でタッグを組み暴君を追い出した盟友的間柄。付き合いの長さは約一年……その間に、心トキメク胸キュン展開の嵐があったとしても不思議では……)


マリの脳内に、今まで培ってきたそういう本(・・・・・)の山場シーンが溢れ出す。


(ダメだー!! 個人的には好物だけど、貴公子先輩はダメだー!!)


親友の一世一代になるかもしれない恋のチャンスが……と、思ったマリは。


「あっ、いっけなーい。私ったら、これから命懸けで遂行しないといけない程の大事な用事があったんだった~」


ついうっかり忘れてた~、と言いながら立ち上がり。


「会長先輩、人手が必要なんで付いて来てくれますか?」


櫻小路の制服の裾を摘まみ、顔を見上げながら告げる。


「ぼっ、僕!? ぼっ、僕で役に立てるかは分からないけど……も、桃瀬さんがそう言ってくれるなら……僕は大丈――」

「じゃあ、決まりで」


マリは食い気味で冷淡に言い放ち。


「じゃあ、貴公子先輩。ランのお見舞い、よろしくお願いしますね。ゼリーとスポドリと……あ、あとプリント渡して貰って。養生しろよ、って伝えといて下さい」


そう一方的に告げ。


「じゃあ、じっちゃん、猛パパ。また遊びに来るね~」


と、手を振り。「おっ、お邪魔しました!」と言いながら赤面する櫻小路の腕を引っ張り、バタバタと蘭家を後にして行くのであった。

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