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第四章 遅桜の秘め事⑩

常に学年トップの成績を取り続けるのは自分に課せられた義務であり、出来て当たり前の事。

だが、彼の要領は良い方ではなかった。だから、予習も復習も普通の人間よりずっと多く取り入れて今まで取り組んできたのだ。寝る時間は、学年が上るのに比例してどんどん削られていった。しかし、それを言訳に授業態度を崩す訳にはいかず。襲ってくる睡魔には、常に気力や様々な手法で対処して、模範的優等生の地位を学校内で確立した。

そうして小学校時代から、自身を認めてくれない両親に振り向いて欲しくて始めた櫻小路の努力の日々は。時を重ねていく中で日常へと変換され、やがてただ普通に頑張るだけでは何も功を成さない事に彼は気が付く。

なので、彼は一つの大きな賭けに出る事にしたのだ。それは、父が目の敵にしていた官僚の息子である“暴君”こと。黒葛生徒会長を失脚させる事だった。

当初は、近隣での偏差値トップの高校に入学するつもりであり。担任からも太鼓判を押されていたが、ただエリートコースを走るだけでは両親は自分に関心を向けてはくれない。そう思い、周りの反対を押し切って中堅高である、この高校へと入学した。

入試トップだった彼は庶務として生徒会に入り、気弱で何でも言う事を聞く新入生のフリをしつつ、黒葛の悪行の証拠を集め始めた。だが巧妙で狡猾だった黒葛は、なかなか告発するに足る証拠を残さなかったので約一年の歳月を消費してしまい。学年が上がった二年になってようやく告発の材料が揃って来た時、黒葛が椿木絢子へと不貞行為を働こうして、ジャンヌに制裁される事件が起こった。そして、それに対して黒葛が嘘偽りをでっち上げ。ジャンヌを退学に追い込もうと、教員達を集めて魔女裁判が行われる事となったのだ。

それは、不謹慎ながらも櫻小路にとってはこの上の無い最高の舞台であった。

黒葛の言いなりになるしかない教師達によって、ジャンヌに不当な処分が下されそうになった時。彼は今まで掻き集めてきた、言い逃れの出来ない証拠達を突き付けた。その数々は犯罪行為に入る物もあり、事態の隠蔽は不可能と判断され。ジャンヌでは無く、黒葛が切り捨てられる事と相成ったのだ。

それに伴い、息子の犯罪行為を隠蔽してきた事実を暴かれたのを皮切りに。黒葛の父がしてきた悪事も白日の元に晒され、晴れて黒葛親子を纏めて失脚させる事に成功する。

全て、櫻小路の思惑通りとなった。

彼の功績は、学校内だけでは無く関係者達全てに広まり。彼は少し、期待をした。

父が、自分の事を褒めてくれるのではないか。そんな姿を見たら、母も笑顔を向けてくれるのではないか……そう、夢を見てしまった。

結果は、何も変わらなかった。何一つ、彼の両親は変化を起こさなかったのだ。

黒葛の父親が失脚した事に対して父は、喜びと共に「ざまあみろ」と笑みを浮かべて吐き捨ててはいたが。その事について、櫻小路が父と話をする事は一切無かった。

母は、相も変わらず家の中では無機質に家事を熟し。そして父が出勤、櫻小路が登校してからは派手な化粧とブランド品に身を包み。同じような趣向の友人達と写真映えのする店でランチやショッピング等に勤しんでいることを、彼は中学の時に発見してしまった母のSNSアカウントで把握していた。


――僕は、何を今まで頑張っていたんだろうか……。


急激な虚無感に、櫻小路は襲われた。

これから先、どんなに頑張っても。認めて欲しい人達に、自分を見て貰う事は無いのだ……そう、彼は悟ってしまったのだ。

だが、自棄になりそうだった櫻小路を引き止めたのは彼の成した功績であった。

暴虐非道な黒葛を学校から追い出した事は、多くの生徒だけではなく。全教員達からも感謝され、櫻小路の信頼は学内一となる。

感謝され、慕われ、尊敬され……彼は、自分が他者に認知して貰えた事を実感した。

だから、こう思ったのだ。これからは、この学校の人達の為に尽力しよう……と。

現在の地位にあぐらを掻き、奢るような言動は絶対にせず。羨望されるに相応しい勤勉且つ真面目で潔白な人間でありつづけ、他者よりも責務を多く全うしよう。

皆が向けてくれた期待に、精一杯の誠意で答えよう……それが、櫻小路の新たな原動力であった。


「皆の為にも、僕は……」

「皆の為にも、自分を大切にしましょーよ」


少女がサラリと告げた一言に、櫻小路は目を見開いた。


「仕事なんて他の人にやって貰えば良いんですよ。生徒会の人って、優秀な人達で構成されてるって聞きましたし」

「いや、でも、それじゃあ、示しが……」

「示しって、何のですか?」

「生徒会長として、全生徒の手本になり。上に立つ者として、相応しい人間であるよう日々努力するのが。僕の務めだと思うから……」

「会長先輩、これ以上まだ頑張るんですか?」


平坦に言われた言葉に、櫻小路の思考は停止する。


「もうメッチャ頑張ってるのに」


そして、続けられた一言に。一瞬で目頭に熱が集まった。

それは少女にとっては、特に何かを意図して言った事では無かった。基本、他者に対して無関心が勝っている彼女であるが。そんな彼女の耳にも、櫻小路の良い噂は多数入って来ている。

という事は、それだけ櫻小路生徒会長は優秀であり人望があるという証明だと。彼女は取り立てて、特別な感情を抱くこと無く認識していた。


「それ以上頑張ったら、死ぬか過労死しますよ」

「いや、あの……それ、両方死んでる……」

「倒れたのが良い機会ですって。休みましょーよ」

「いや、でも……」

「会長先輩が死ぬ方が、皆にとって迷惑なんですって」

「僕死ぬの!?」


少女の発言に驚愕するも、彼女はやっぱり気にした様子もなくマイペースに。


「皆、会長先輩が好きなんですから。心配したり、悲しんだりする感情で疲れちゃうんです」

「でも、頑張らないと……人より、沢山やらないと失敗して――」

「失敗って言っても、死ぬ程の失敗じゃないじゃないですか?」


再び、櫻小路の心を。彼女の言葉が掻き乱す。


「あっ、でも。死ぬほど恥ずかしくなるか……」


言いながら、彼女は自身の中で一番大きく恥ずかしい失敗談を脳裏に甦らせ。少し表情を曇らせた。


「まあ、しないに越した事は無いですけど……してみるのも、案外悪くないかもですよ」


昔の自分は今よりももっと他人に関心が無く、見下した気持ちがあった。


「失敗してみて、今まで見えて無かったものが、良く見えるようになる事もあるかもなんで」


しかし、かつての“失敗”のお陰で。大切で大好きに思える友人が出来、素直に楽しいと思えなかったような日々にも柔和な感情を抱けるようになったのだ。

それは、自分の中で不格好に作り上げてしまったかたくなな殻を。現在の親友が無惨に砕いてくれた事で、吹っ切る事が出来たからだと。彼女は思う。


「……君は、そうだったの?」

「まあ……そー、ですね~……」


今までのマイペースな態度から、少し居心地の悪そうな様子で言う彼女に。櫻小路は温かな気持ちと共に、愛らしさを感じる。

横暴な娘かと思っていたが、そういう訳でも無いのだと。


「君、名前は?」

「私ですか? 桃瀬です。桃瀬麻里奈」


桃瀬さん、か……と、呟いてから。


「チョコ、やっぱり一つ貰っても良いかな?」


と、少し不器用な笑みを浮かべながら。


「今日は少しだけ……“真面目な生徒会長”は、お休みさせて貰う事にするよ」


と、告げるのであった。



第四章 遅桜の秘め事【Fin】

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