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第四章 遅桜の秘め事⑨


「ん……」


そこで、櫻小路光一は目を覚ました。

視界に飛び込んできたのは白い天井。通い慣れた高校の、良く見る見慣れた平面だった。

しかし、彼の居る場所はあまり親しみを感じぬ保健室のベッドの上。今まで学校生活を送っている中で、保健室に世話になるような体調不良や怪我。ましてやサボり等も一切経験した事がない櫻小路は、生徒会の仕事等の用事以外でこの教室に足を運ぶ事が殆どなかったので少し不思議な気持ちが芽生える。

そして、寝起き特有の重ダルさを抱えた身体を起こし。傍らにあった眼鏡を掛けて立ち上がると、仕切りと目隠しの役目を遂行するカーテンを開いた。


「あ、会長先輩。目、覚めました?」


カーテンを開けると、櫻小路は驚愕し思わず硬直する。

出迎えをしたのは、小柄で目のクリっと大きな少女だった。特殊な呼称に戸惑いつつも、“先輩”と呼ばれた事とネクタイの色で一年生と判断する。

それは普通だ、特に問題は無い。

問題なのは、彼女の正面にある机の上に。クッキーやチョコレート等の菓子類が、開封された状態で広げられている事だった。


「……君……何、してるの?」


唖然としながらも、櫻小路は疑問の言葉を何とか紡ぎ出す。


「少し遅いおやつタイムです」


彼女は慌てる様子も悪びれる様子も無く、飄々と現生徒会長に返答した。

そこで彼は最近、保健室に“おかしな妖精”と呼ばれる下級生が良く在中している事を思い起こす。


(“おかし”って、“お菓子”か……)


そう脱力気味に納得してから。


「君……昼休み以外の時間に、校内で菓子類を食べるのは校則違反だよ?」

「バレなければ大丈夫ですよ」

「いや、僕に現在進行形でバレてるからね……」


対峙しているのは、現在の生徒達の代表たる生徒会長なのだが……と、少し虚しさが胸に訪れる櫻小路。


「今すぐ片付けて、今回は見逃してあ――」

「会長先輩も食べます?」

「せめて最後まで聞いてくれないかな?」


穏やかな口調で返しながらも、櫻小路は彼女のペースに巻き込まれ始めているのを感じ取る。


「まあまあ、そう固くならずに~」


と、言いながら。彼女は笑みを浮かべてチョコレート菓子を櫻小路へと差し出す。


「だから、ダメだよ」


チョコを差し出す少女は、キャスター椅子に座った足を少し浮かせてブラブラと遊ばせている状態からも平均よりかなり小柄だと分かり。お菓子を食べる姿と差し出す仕草も含めて、櫻小路は「一年だろうけど、高校生に見えない娘だなあ」と心の中だけで思いながら苦笑を浮かべて誘いを遠慮する。


「いやいや~。会長先輩、お疲れ気味みたいですから糖分取っといた方が良いですよ~」

「お疲れ気味?」

「はい」


少女は言いながら、彼に差し出していたチョコを自分の口へと放り込み。


「私の友達が俵持ちで、貴公子先輩と一緒に会長先輩のこと運んできたんですけどね。なんか会長先輩、生徒会室で急に倒れたらしいですよ」


自身の友人と一個上の先輩が少しアワアワした様子で言っていた説明を思い起こしながら、彼女は告げる。


「きっと、働き過ぎで疲れてたんじゃないかな~……って、言ってました」

「そ、それは迷惑掛けてすまなかったね……というか、貴公子先輩って誰かな?」

「風紀委員の、百合園先輩です」


ああ、そういえば。彼は“廉潔の貴公子”という二つ名が付けられていると聞いた事があるな……と、内心で納得する櫻小路。


(……というか、僕のもこの娘のもだけど。一体誰が、こんなアダ名を命名してるんだろうか?)


そして同時に、疑問も過らせる。


「それは……百合園君にも、迷惑を掛けてしまったね」


少女は何を考えているのか分かりずらい瞳で、櫻小路を見つめていると。


「仕事の途中だったから戻るね。お菓子、ちゃんと片付けておいて――」


突然、座っていた椅子のキャスターを滑らせて。櫻小路へと体当たりをかます。


「ブフッ!!」


短い声を上げ、彼の身体はベッドへと強制的に戻された。


「なっ、何を――」

「まあまあ、もうすぐランも貴公子先輩も帰って来るので。少しゆっくりしていって下さいな」


今、会長先輩にお茶買って来てくれてるので……と、言いながら。少女はチョコレート菓子の包装袋を片手に、中身の菓子を貪る。


「いや、でも……というか、そんな堂々と食べちゃ……あと、いきなり体当たりはどうかと……」


山のようにある言いたい事を、戸惑いつつ不器用に並べて行く櫻小路。


「まあまあ、細かい事は置いておいて」


しかし、彼女は気に止める事は無かった。


「会長先輩、倒れたばっかりなんですから。ゆっくり休憩してって下さいな」

「いや、でも……仕事が……」

「それって、すぐにやらないと死んじゃう仕事何ですか?」

「そ、そういう訳じゃないけど……でも、やらないと迷惑が……」

「誰に迷惑が掛かるんですか?」

「それは……先生方や、生徒達だよ」


櫻小路の言葉に、少女は「ふーん……」と溢してから。


「全校生徒の一端としては、会長先輩がまた倒れちゃう方が迷惑ですけどね」


と、告げた。


「それって、どういう……」

「だって、心配になるじゃないですか。大丈夫かな~、って。心配すると、なんか疲れるしお腹減るじゃないですか。疲れると、いっぱい食べちゃうんで迷惑です」

「あのお菓子の山、僕の所為だったの!?」


櫻小路の驚愕の言葉に、彼女は一度。机に散乱したお菓子を見て、少し黙考。


「一~二割くらいそうです」

「少ないね……」


言われた台詞に、それはただの通常運転ではないのだろか……と、櫻小路は思った。


「でも、私だけじゃなく。貴公子先輩も、私の友達も心配そうでした」


彼女の言葉に、櫻小路の心が少し軋む。


「それは……本当に、申し訳ないな……」

「そう思うなら――」

「でも、僕は……人より沢山頑張らないと、何も上手く出来ないんだ……」


勉強だって、生徒会だって。全部、いつも必死で取り組まないと……そう、櫻小路は苦し気に胸の中で呟いた。

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