第四章 遅桜の秘め事⑧
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小さな少年が、元気に走っていた。
その表情は、どこか嬉しそうで。何かに期待し、楽しみを抱いているように眩く輝く。
「お母さん!」
そして、彼は自宅の玄関を勢いよく開き。台所に立つ母親の元へとやって来る。
「見て! 今回のテストは、満点取れたんだ!」
嬉々として告げた台詞に、母親は笑顔を向けてくれる……彼は、そう思っていた。
「……そうなの」
しかし、実際に返って来たのは淡泊な声。そして――。
「小学校のテストで満点を取ったくらいで、喜ばないの」
自身に興味を一切抱いていない、冷たい眼差しだった。
「大事なのは中学、高校の勉強よ。難易度が上がるうえに、人生を左右するんだから……今は、満点を取って当たり前なの」
答案用紙を持つ少年の手が、少しずつ角度を下げて行く。
すると背後でドアの開く音がして、暫くしてから男性が一人やって来る。
「アラ、今日はお早いお帰りで」
「自分の家に何時に帰って来ようが、俺の勝手だろ」
冷淡な言葉を、お互いにぶつけ合う男女。
「お、お父さん……僕、あの……テストで……」
上手く言葉を紡げぬまま、震える手で答案用紙を微かに差し出す。
すると、父親は彼の行動の意味に気が付き。答案用紙を受け取った。
「算数のテスト……満点か」
そう呟いた父に、少年は再び光を見出し。明るい表情で言葉を掛けようとした、刹那――。
「次もこの調子で頑張るんだぞ。前のように、八十二点なんていう情けない点数は二度と取って来るな」
そう告げ、父親は答案用紙を少年へと返した。
「光一、お前は我が櫻小路家の長男なんだ」
大して少年を見る事も無く、父親は続ける。
「他の者に負けるなど許されない。何でも完璧に、自分の力でやるんだ。他人などには、一切頼らずにな」
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