第四話 遅桜の秘め事④
「オゥワッタァァァァァ!!!!」
そう叫びながら飛び込んできたのは、蘭北斗こと。ランであった。
「ランちゃん!?」
予想外にも程がある出来事に、ジャンヌが目を見開いていると。
「叫び声、二作品混ざってね?」
「最後それなら『アタタタ』の方にしときゃ良かったんじゃねーか?」
続けて、ケルベロスの右の首とジルが現れる。
「いえ、そっちは秘孔を突く連撃ですので。無機物に対しての破壊行為の掛け声には向かないんです!」
「……そういうもんかィ」
「拘り細けーな」
と、少々呑気な受け答えを繰り広げるラン達に。
「ちょっ、ちょっと!」
ジャンヌが声を掛ける。
「ランちゃんに、皆……一体、どうしたの!?」
そう、尋ねると。
「ジャンヌさん離れて下さい! 今は――」
と、ランが叫ぶ中。突然、彼女は地面へと膝を着く。
「ランちゃん!?」
すると、ランの傍にいたケルベロスの右の首とジルも。まるで自分より高い地位の者に、頭を垂れるような姿勢となる。
「一体……」
困惑したまま立ち尽くすジャンヌの背後から。
「――この、下劣な下等種共が!!」
という、心からの怒りと軽蔑の込められた声が弾ける。
驚き、振り返るジャンヌの目に飛び込んできたのは。今まで、一度も見た事の無い程。醜く表情を歪めた櫻小路生徒会長の姿であった。
「かっ、会長……? 一体、どうして……」
「ジャン、ヌさん……その人、今は……会長さんじゃ、無いんです……」
ランから紡がれた言葉に、ジャンヌは視線を戻す。
「会長さんは、今……身体を、乗っ取られているんです……」
ランは見えざる何かに抗い、懇親の力でジャンヌ。そして、櫻小路へと顔を上げ。
「ジャンヌさんの、ストーカー神様に!!」
と、叫んだ。
「誰がストーカーだ愚民が!!!!」
櫻小路の怒号が、ランへと向けられる。
「……え?」
そして少し間を置いて、フリーズした思考が緩やかに回り始めたジャンヌが。自身の疑問を詰め込んだ声を溢した。
「えっ、どういう……」
混乱していたジャンヌの頭は、更に混沌と化す。
「聖女サマ、今……その兄ちゃんには神が憑依してる……それが……」
「ジャンヌ……貴女を、前世の記憶を維持したまま……男として、転生をさせた張本人……です」
ケルベロスの右の首と、ジルが補足を加えた。
「お二人から、聞きました……」
すると、再びランが口を開き。
「貴方……ジャンヌさんにフラれた腹いせに……男性に転生させたって、本当ですか!?」
と、ストレートに尋ねると。
「ばっ、ちっ、ちげーし!! そんなんじゃねーし!!」
慌てた様子で取り繕う。
「いや、違わねーだろ」
だが、すかさずジルが反撃。さらにケルベロスの右の首が。
「地獄でも天国でも、皆知ってるってハデス様言ってたぜ」
と、追い打ちを掛ける。ちなみに、“ハデス様”とは死者の国である冥府の神であり。地獄の管理責任者で、ケルベロスの敬愛する直属の上司だ。
「聖女サマの死後、天国でアンタが求婚したけど速攻フラれて。それで人格と記憶をそのままに、男の肉体で転生させるっつー陰険な嫌がらせをしたってな!」
「この陰湿神が!!」
「全体的にジメジメじゃないですか!!」
ケルベロスの右の首に続き、ジルとランが叫ぶ。
「黙れー!! 貴様等、神に向かってなんだその態度と暴言はー!!」
キーッ!! となりながら、櫻小路……に、憑依した神が怒鳴る。
「ボクは別に、嫌がらせで愛しのジャンヌにこんな事をしたんじゃない!! 彼女が、ボクとじゃなくて人間と普通の恋がしたい……って言うから、だから人間に再度生まれ変わらせたんだ!」
「でも、女の子じゃなくて男の子に生まれ変わらせてるじゃないですか!」
ランが追及すると。
「だって、女の子に生まれ変わらせてしまったら。せっかく前世から守護されていたボクのジャンヌの清らかさが、下等な生物に穢されるかもしれないじゃないかー!!」
と、叫ぶ神に。
「アイツ、多分アレだな……好きなアイドルとか声優が結婚したら、途端にSNSで誹謗中傷するタイプだな」
と、ケルベロスの右の首が言い。
「あぁ……なるほど~」
と、ランが同意。
「あとアレな、異性の共演者全員。恋敵に見えて嫉妬に狂う奴!」
と、嬉々と告げるジルに。ランとケルベロスの右の首は「あぁ、居ますよね~。そういう人!」「スゲー分かるわ!」と、会話を弾ませた。
「何楽しそうに話てんだよお前等ー!! ボクはジャンヌ一筋だから、アイドルにも声優にも好きな子なんて居ないっ!!」
そんな事は言っていないし、聞いていない……と、三者は心の中で声を揃える。
「それにジャンヌだって、転生して人間の男達に抱いていた幻想が砕かれれば……きっとボクの想いにちゃんと気が付いてくれて、ボクの所に戻って来てくれる! っていう、ナイスなアイディアも浮かんだしね!」
と言う神に、今度は「うわぁー……」という表情をラン達は浮かべ。
「……ンなワケねーだろ」
「……バカじゃねーの」
「……めっちゃイタいですよ」
ケルベロスの右の首、ジル、ランと順番に。辛辣な言葉を冷淡に陳列させた。
「貴様等さっきから神に対して無礼が過ぎるぞー!!」
声を荒げる神に、ジャンヌが「あの……」とおずおずと声を掛ける。
「あの時の神様だったんですね……天国の神殿で、私の願いを尋ねて下さった……」
そう言うジャンヌに、神は。
「そっ、そうだよ!! ぼっ、ぼぼぼぼボク、あの時の……」
と、神は嬉しそうな様子を櫻小路の身体で表現するが。
「ごめんなさい!」
速攻フラれた。
「ええええええええぇぇぇぇぇ!!!? じゃ、ジャンヌ……ど、どうし、どうして……」
狼狽する神を眺めながら、ランとケルベロスの右の首とジルは「そりゃそうだろう」と心の内で声を揃える。
「私のような者が、神様とお付き合いさせて頂くなんて……とてもではありませんが、分不相応過ぎてお受け出来ません……」
殊勝な口調で告げるジャンヌに。
(流石、我がジャンヌ!)
と、ジルが。
(自分を引き下げ、相手を立てて丁重に断りを入れるとは)
と、ケルベロスの右の首が。
(デキ女ですね!)
と、ランが思う。
「そんな事は無い!!」
だが、ここで簡単に引き下がったりしないのがストーカーである。
「君のように、美しく清廉で気高く誇り高い人は。天に住まう天使や神達と比較しても、他には居ない!」
声高らかに、神は続けた。
「人間達も自身の欲望や感情に任せ、勝手気まま好き勝手に振舞い他者を見下し虐げながら生きているが神々だって同じだ。性には奔放、横恋慕寝取られお構いなし。些細な理由で殺したり殺されたりも当たり前で、優先順位は自分達の欲望と感情の奴ばっかりだ!!」
悲痛な声で叫ぶ神に、ランが「そうなんですか?」とケルベロスの右の首に尋ねると。
「神話とか知ってる?」
と、尋ねられ。
「少しなら。主に、星座の神話とかですが」
と、答えるランに。
「十二星座とかにも、結構ドロついた話あっから。今度、見てみ」
遠い目をしながら、ケルベロスの右の首が告げる。
「フン。貴様の敬愛しているという冥王とて、惚れた女を誘拐して騙して娶ってるじゃないか!!」
「昔の事ほじくり出してんじゃねェ!! ハデス様は初心過ぎてアプローチの仕方がド下手で空回っただけだ!!」
ケルベロスの右の首さん、それ微妙にフォローになって無いです……と、ランが小さく呟いた。
「それに、現在は低反発マットレスの如く。優しく奥様の尻に敷かれ、仲睦まじく夫婦で地獄の業務に勤しまれている!!」
「その家庭事情はバラしちまって大丈夫なのかよ」
と、ジルがぼやく。
すると、今度は櫻小路の姿をした神が叫び出した。
「そうは言ってもな、現世ではれっきとした犯罪なんだよ!! でも、神々の世界ではそれが全てまかり通ってしまう……こんな穢れっきった奴等と世界と共になんて、生きていけるかー!!」
なんか、それを聞いてしまうと少しだけ同情心が芽生えてしまうな……と、ランとジャンヌはこっそり思う。
「けど……そんな、陰惨な世界の中でジャンヌ。君を見つけたんだ」
櫻小路の顔で恍惚としながら、神は続ける。
「多くの他者の為に、大天使のお告げに従い。農夫の娘でしかなかった平凡な少女が、命を賭けて戦いに臨んで行く姿。そして、その心の清らかさ……まさに、聖女!」
神の言葉に、こっそりとジルが「それは分かる」と頷く。
「ボクは……そんな君に、恋をしたんだ! 好きなんだ! 結婚して下さい!!」
と、再び熱烈な告白をかますが。
「ごめんなさい!!」
再びあっさりフラれた。
ラン達は「でしょうねぇ……」と、内心でまたまた声を揃える。
「もう今日だけで二回もフラれたんですし、諦めてお家帰りましょうよ」
と、ランが言い。
「そうだぜ、迎え呼んでやるからさ」
と、ケルベロスの右の首も言う。
「だーかーらー……」
しかし、その気遣いが神の神経を逆撫でし。
「神であるボクに対して、さっきから無礼なんだよお前等ァァァァァ!!」
と眩い光を放ち、ランとジルとケルベロスの右の首に掛けていた神の力の負荷が大きくさせる。
「ランちゃん!」
心配気なジャンヌの声が響く。
「……っ、また……これか……」
以前、黒葛に憑依した悪魔にも。ほぼ全く同じような攻撃を受けたな……と、ランが考えていると。
「フン、愚鈍な悪魔風情と一緒にするな。ボクは神なんだぞ?」
と、得意気な顔で告げる。
「そうだ、嬢ちゃん……いくらコイツが、陰険拗らせストーカー野郎でも……神である事は、残念だが、紛れも無い……事実だ……」
「根暗ストーカー野郎といえども……神が相手じゃ、俺の力では太刀打ちできねー……」
ケルベロスの右の首と、ジルが苦しそうに言う台詞に。
「ホントお前等。失礼を控える気、皆無なのな」
と、神が青筋を立てる。
「そんなに……お強い、んですか……? ジルさんと、ケルベロスの右の首、さん……より……」
ランの質問に、ケルベロスの右の首は「ああ……」と言葉を紡いだ。
「変態悪魔が『R』だとすると、オイラが『SR』……そんで、ストーカー神が『SSR』だ……因みに、この前の違反悪魔は『R(完スト)』な……」
分かり易いけど、何でソシャゲのキャラカードランクで例えた!? と、ジャンヌは思わず内心だけで突っ込みを入れてしまう。
「それは……『N』の私には……相当、高くて厚い壁……ですね……」
途切れ途切れに言いながらも、ランの表情は何処か少しだけ笑みを浮かべているようにも見える。
「ジャンヌ! 本当は、彼の身体に憑依して。君と、甘い青春を味わうつもりだったけど……やっぱり、ボクと一緒に天界に戻ろう!」
ジャンヌの手を取り、神が続ける。
「天界に戻ってくれば、君を元の姿に戻してあげられる。神であるボクと結婚すれば、再び人間に転生する必要も無く。永久に楽園で、何の不自由も無く生きていけるんだよ!」
そう、必死にジャンヌへと訴える神であったが。