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第三話 姫椿の毒気⑦


「良いですこと、貴女達!」


場所は戻って、校舎裏の絢子達である。


「第一印象が大切ですのよ! 舐められたらお仕舞いですわ! 気高く、先輩としての威厳を強く抱いて……」


角を曲がり、ランを呼び出した校舎裏の体育館倉庫へと辿り着いた絢子達であったが。そこには、先客が来ていた。その光景に、絢子は表情を凍らせて固唾を飲む。


「つっ……黒葛つづら、先輩……」


黒い革ジャンを着て、金のメッシュを髪に入れた男を視界に映しながら。絢子が唖然と呟く。

そこには、学内の敷地内にも関わらず。生徒にも教員にも見えない恰好をしたガラの悪い男達が、十名程(たむろ)していたのだ。しかも何人かは煙草の煙りを燻らせており、地面には吸い殻が散らばっている。


「アレレ~? どうしたの、カワイコちゃん達~」

「こーんな人気の無い場所に、何か用事?」


ニタニタとしながら、二人の男が絢子達へと近づいて来る。


「あっ、貴女方は校舎へ戻って。先生か風紀委員の方々に報告を」


と、絢子は冷静な指示を送るが。


「――そいつは困るぜ、椿木」


背後から聞こえて来た声に振り返ると、そこにはいつの間にか先程まで前方に居たはずの黒葛が立ちふさがっていたのだ。


「どっ、どうして……!!」


間近に迫った黒葛の顔を見て、絢子の表情は驚愕と恐怖に歪む。


「キャッ!!」

「いやっ、離してっ!!」


その横で、友人達が先程歩み寄って来ていた二人の男に身体を拘束される。


「つっかま~えたっ♪」

「ちょっと、黒葛さん~。此処なら、誰も来ないんじゃなかったんスか~?」


男の言葉に、絢子の眼前に立つ黒葛と呼ばれた男性は不機嫌そうに舌打ちをし。


「もう殆ど使われてねー古い倉庫だから、滅多にお利口さんは寄って来ねーっつっただけだ」

「へ~、じゃあ。この娘達は悪い娘ちゃん達なんスね~!」

「大人しそうな顔して、意外~!」


ケラケラと笑う男達に、拘束された二人の顔に嫌悪と恐怖が色濃く浮かぶ。


「黒葛先輩……どうして、貴方が此処に……」


恐怖に身体を震えさせながらも、絢子は尋ねる。


「そりゃ、テメー。お礼参りに決まってんだろ? 覚えてんぜ、今日は月に一度の生徒会と風紀委員の合同会議の日だってなァ」


ニタリと口元を歪め、黒葛が告げた。


「あのいけ好かねー櫻小路さくらこうじと百合園の所為で、俺はこの学校を退学させられたんだ。あのクソ共に、目にもの見せてやらねーと気が収まらねーんだよ」

「そっ、それは……貴方の振舞いが、非道であった故の――」

「あ"ぁ"?」


低く威圧的な怒号に、絢子はすぐに閉口する。


「そういや、テメーにも借りがあったよなぁ椿木よォ。折角、良い見た目してるから俺の女にしてやろうと思って誘ってやったのに。ギャーギャー騒いだ挙句に、告発なんぞしやがって」

「あれは、貴方が無理矢理――」

「まぁ、けどよォ……相変わらずカワイイ顔と良い身体してんじゃん。今からでも、俺のモンにしてやっても良いぜ」


そう言い、黒葛は絢子に手を伸ばすが。


「イヤッ!!」


と、思い切り彼女に振り払われる。

その様子を見ていた黒葛の仲間の男達は、「あ~あ、フラれちゃったっスね~」と嘲笑の声を響かせた。しかし、ふざけて笑っていた彼等の声は。黒葛に怒りの眼光を向けられた事によって、すぐさま静まる。


「……っの、クソアマがっ!!」


そして、絢子の頬に黒葛の右手が勢い良く襲い掛かり彼女は地面へと倒れた。絢子の口内に、微かに血の味が広がる。どうやら口の端を切ってしまったようだ。

頭上で「絢子様!」と心配気な友人達の声が聞こえるが、すぐさま「しー、しー」「静かに~」という声に消されてしまった。


「優しくしてやってりゃ、つけ上がりやがって……」


黒葛は仲間達に「オイ」と、声を掛け。


「生徒会と風紀委員襲撃の前に、煙草よりもっと良い景気づけと行こうぜ」


と、歪んだ笑みを浮かべて告げる。


「よっしゃ!」

「俺はこっちの眼鏡ちゃん~」

「俺はツインテちゃんにするかな~」


下品な声と笑い声が響く中、友人二人が男達の方へと連行されて行く。


「まっ、待って!!」


その時、絢子の声が弾けた。震える身体から勇気を絞り出して立ち上がり、懸命に発した必死の声だった。


「ふっ、二人には……何もしないで、下さい……わたっ、私が……何でも、します……から……」


絢子の言葉に、友人達は涙ながらに制止を訴えるが。拘束され、口を塞がれ、身動きの自由が利かない二人は全くの無力であった。


「へぇ~……」


黒葛は愉快そうに目を細めると。


「じゃ、俺らの為に。ストリップショーでもして貰おうかなァ」


と、告げる。黒葛の提案に、沸き立つ仲間達。


「……そしたら、二人は放して下さいますか?」

「ああ、良いぜ」


黒葛の言葉に、絢子はブレザーを脱ぎ。震える手で制服のリボンに手を掛ける……が。


「オイオイ、俺らの(・・・)っつっただろ」


と、言い。黒葛は絢子の胸倉を乱暴に掴むと、そのまま引っ張っていき。仲間達の傍の地面へと、彼女を放り投げる。

地面に接した部位は土で汚れ。身体を打ち付けた鈍い痛みと、擦り剝けてしまった片膝の痛みが絢子を襲う。


「ホラ、さっさと脱げよ。皆、ちゃーんと見ててくれてっからよォ」


そう言ってから、黒葛は小さく。


「……安心しろって。アンタにも、ちゃーんとお愉しみは譲るからよォ」


と、呟いた。しかし、それはとても小さく紡がれた言葉であった為。絢子も含めて、仲間達も気が付いた様子は無い。

そして、絢子は。鋭く神経に伝う膝の傷に表情を歪めながらも立ち上がり、再びリボンへと手を伸ばす。


――これは、報いなのでしょうか……ただ、憧れの人と仲良くしていたというだけで。後輩をイジめようとした……。


泣きそうになる気持ちを、噛み締めた奥歯で必死に堪え。絢子は思う。


――でも、だって……羨ましかったんですもの……。


絢子と百合園純矢がきちんと出会ったのは、丁度今頃。二人が新一年生として入学し、少し時が経ってからであった。

その当時、クラスが違うのもあり。二人に接点は全く無かった。しかし、入学当初から百合園純矢は女子に。絢子は男子に注目を受ける華やかな見た目をしていたので、存在自体は互いに噂程度で認識していた。

そんな中、絢子は当時三年生であった黒葛に目を付けられてしまう。権力のある官僚の息子である事を笠に着て、暴挙の限りを尽くしていた彼は。力尽くで絢子に迫ったのだ。しかし、そこを偶然居合わせた百合園純矢によって救い出される。


――あの時の純矢様、本当に素敵だったな……。


その出来事は、今でも絢子の心に。拭い去れない恐怖とトラウマを根付かせていたが。颯爽と助け、殴りかかった黒葛を返り討ちにし、優しく声を掛けて安心させてくれた彼の姿だけは……絶対に、忘れたくなかった。

それから、ずっと今まで遠くから眺めていた存在の彼の顔が。姿が……次々と脳裏に映し出されていき。大粒の涙が、絢子の両目に浮かぶ。


「おい、チンタラしてんじゃねーぞ。手伝って欲しいのか?」


言いながら、再び絢子へと手を伸ばす黒葛。目の前が、透明な絶望の闇で覆いつくされていく。絢子は諦めを心に浮かべて、自分の何もかもを捨て去ろうと覚悟した刹那。


――ゴツッ、ガンッ!!


という、鈍い音と共に。「ギャッ!!」「デッ!!」という、短い男性の悲鳴が聞こえてきた。

絢子も黒葛も、何事かと思い。音のした方へ視線を向けると。そこには、先程まで絢子の友人達を拘束していた男二人が倒れていたのだ。


「何だ!?」


突然の事態に焦りの声を放つ黒葛。それは、その場の全員同じであったようで。すぐ傍に居た女子二人でさえも、状況が分からず困惑の表情を浮かべていた。


〈――下だ〉


黒葛の耳だけに声が届く。その声に従い、彼が視線を下げる。そこには、一人の女生徒――ランの姿があったのだ。


「いっ――」


いつの間に!? そう言葉を言い切る前に。ランの拳が、黒葛の顎を捉えた。黒葛は顔と背を仰け反らせ、地面へと仰向けに倒れる。


「あっ、貴女は……」


自分達が牽制をしようと呼び出していた少女が強烈な一撃を放ち、自身より背の高い男を地面へ寝かせてしまった姿を目の当たりにして。絢子は唖然とする。

すると、ランと絢子の視線が交わる。自分がしようとしていた事を思い起こし、自身も制裁される覚悟を固めて両目を瞑る絢子であったが。彼女に訪れたのは、打撃等ではなく。肩へと被せられた、ランのブレザーであった。


「……もう、大丈夫ですよ」


優しい声と笑みが、絢子へと送られる。それは、とてつもない安心と安堵を彼女へ与え。思わず崩れ落ち、ランの温もりが残ったブレザーを抱きしめながら。とどめていた涙を溢れさせてしまう。


「絢子様!!」

「大丈夫ですか!?」


友人達が絢子へ駆け寄って来る。涙声で「大丈夫……」と告げてから、二人の具合も尋ねたが。特に怪我も無いようで、さらに絢子は安堵する。


「……ッてーな……テメー、誰だ!? 何しやがる!?」


起き上がった黒葛が叫ぶ。だがランは何も言葉を発さずに、鋭い眼光を放つ。


「!?」


ランはただ、睨んだだけであった。しかし、それが――自分より小柄な女子のその一睨みが、黒葛の中に萎縮を生む。それはまるで、蛇を前にした蛙のように。


(ふざけんじゃねェ!! 俺が……こんなガキにビビるワケねーだろ!!)

〈落ち着け、ツヅラ。こちらは多勢、しかも、この俺様が付いているんだ。多少、腕が立つとはいえ所詮は人間。負ける事は、万に一つもあり得ない〉

(そうだったなァ……さっきは、不意打ちが決まっただけだ)

〈だが、その不意打ちのダメージを軽減してやった事は貸しだからな〉

(チッ……分かってるよ)


そう会話を終えてから。黒葛は「オイ、ガキ」とランへ声を掛ける。


「さっきのは効いたぜ。良い一撃だった……けどな、調子乗んじゃねーぞ。こっちは男が十五人も――」

「黙れ」


先程、絢子に掛けた声とは違い。女子とは思えぬ低く重量感のある声で、周囲の空気と共に。ランはその場に居る全員を、一瞬で凍り付かせる。


「来たければさっさと来い。貴様等なんぞ、百人居ようがハンデにもならんわ」


黒葛や仲間達は、ランの言葉に一度怯んだが。すぐさま、自分達が見下されている事に気が付き怒りを沸かせた。


「んだとコラァァァァァ!!」

「なめてんじゃねーぞガキが!!」

「ボコボコにしてテメーから引ん剥いてやらァァァァァ!!」


一斉にランへと襲い掛かって行く男達。中には傍にあった木材や、携帯していたと思われるナイフ等の武器を構える輩も居た。

流石にマズイのでは……と、不安になる絢子達。だが、そんな事は露も知らず。ランの孤立無援で四面楚歌の闘争の火蓋は、切って落とされてしまう。

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