第三話 姫椿の毒気⑥
放課後。
椿木絢子は鋭い顔つきで校舎裏の道を歩いていた。傍には、眼鏡を掛けた女生徒と、低い位置で髪を二つに束ねた女生徒を二人引き連れている。
日の傾きが大きくなり始めたこの時間、学校の裏手の道は昼休みよりも校舎の陰に大きく包まれ。人気の無さによる静寂を、より一層鮮明に映し出していた。用事でも無ければ、あまり近づきたくないと思う場所であるが。人目を避けた用を済ますには、此処は持ってこいの場所である。
「絢子様、あの小娘……来ますでしょうか?」
「先輩からの呼び出しですわよ。入学したての一年生が、応じないはずがありませんわ」
強気に言い放つ絢子。彼女は現在、二年生であり。そして――。
「私達の憧れの貴公子、百合園純矢様に接近するあの泥棒猫に。本日はガツンと一発かましませんと!」
百合園純矢(※中身ジャンヌ)の校内ファンクラブの二年生統率管理者である。
「同学年である私達だって、厳しい規律によって接近と会話を各々制限自粛をしているというのに……あろうことか、純矢様に昼休み迎えに来させた上に一緒に昼食を頂くなんて……」
絢子は眉間に皺を寄せながら。
「なんて羨まっ……ゴホンっ!! いえ、身の程を弁えない無礼者でしょうか!」
と、声を荒げる。
「これは。少しくらいは、痛い目を見て頂かなくてはいけませんわね……」
絢子は怪しく口元を歪ませ。
「まずは、この百円ショップで購入した小さめのレジャーシートの上に正座をさせますわ!」
と、どこからか。ピンクの花柄の可愛らしいレジャーシートと、ピンクのミニボトルを取り出した。
「それから、今日の為に。私、直々に淹れてきた。この苦くて苦くて堪らないお茶を『私のお茶が飲めないと申しますの!!』と、威圧的な態度で飲ませますの!」
友人二人はニコやかな表情のまま、絢子の言葉を聴いている。
「そしてそして、純矢様に如何に分不相応な振舞いをしたのかを小一時間程お説教致しまして。正座によって痺れた蘭北斗の足を……」
絢子は黒い笑みを浮かべ。
「ツンツンしてやって、もう純矢様には二度と近づかないと約束させてやりますわよ!」
と、言い。「オーッホッホッホ!」という高笑いを響かせる。
(絢子様、可愛いなぁ~)
(こんなに悪役令嬢感出してて、ちゃんと悪になれないの。ホント可愛いなぁ~)
友人二人は、心の中でほのぼのとそう思いながら。見ていて面白かったので、敢えて彼女の作戦に何も言う事はしないのであった。
* * *
「すみません、百合園先輩いらっしゃいますか?」
同じ頃。
マリは一人、生徒会室のドアを開いていた。そこでは、生徒会と風紀委員によるミーティングが行われている最中であった。
「大事な会議中に何だ、あの娘は……」という冷たい視線を一身に浴びつつも、マリは動じる事なく扉に立つ。
「すみません、少し外しますね。お話は進めてて下さい」
端正な顔立ちの美青年、百合園純矢風紀委員――聖女ジャンヌの転生者――は、他の面々にそう断ってから。マリを連れだって部屋を後にした。
「えっと、君は……」
「蘭北斗の友人の、一年の桃瀬麻里奈です」
そう告げられ、ジャンヌは「そういえば、確かに教室でランちゃんと一緒に居た子だな……」と記憶を手繰り寄せる。
「それで、私に何の――」
「実は、ランが……いえ、北斗ちゃんが。怖そうな先輩達に呼び出されて!」
「えっ!?」
「北斗ちゃんは『心配無いよ、きっと話し合えば何とかなる』って言ってたんですけど……でも、相手は複数人みたいで……北斗ちゃん、強いけど……心配で……」
実際は先程、ランが「じゃあ、私を女子扱いして下さった先輩にお会いしてくるね~!」と。ルンルンスキップをし、鼻歌交じりで出向いて行った事は……マリだけの胸に留めて置く事にした。
「百合園先輩は風紀委員だし、腕も立つそうですし。この前、北斗ちゃんとも仲が良いとお聞きして……不躾なのは承知してますが、どうか……北斗ちゃんを助けて下さい!」
潤んだ瞳で、必死な声で懇願するマリのそれは。助演女優賞を受賞出来そうな程の演技力である。
(絡まれたとしても、ランちゃんがそう簡単に負けるとは思えないけど……あ、でも。昨日)
ジャンヌは、そこでジル達と話した“規律違反を犯した悪魔”の話を思い出す。
(まさか……もう、フラグ回収展開に!? いや、でも、そんな偶然……いや、でも、ランちゃんなら……)
不安と焦燥が、胸騒ぎと共にジャンヌに込み上げる。
「桃瀬さん、だったよね? 蘭さんは何処へ?」
マリはジャンヌには見えぬよう、口元に笑みを象った。
「校舎裏の、体育館倉庫へ行く、と言っていました……」
しかし、顔をジャンヌへと向けた際には怯えた小動物のような表情へとすぐさま戻す。
「分かった。心配しなくて大丈夫だよ、蘭さんの事は私に任せて。君は危ないかもしれないから、付いてきちゃダメだよ」
安心させるような笑顔をマリに向けてから、彼女が告げた場所へと駆け出すジャンヌ。
「……はい、是非ともよろしくお願いしま~す」
走っていくジャンヌの耳に届かぬよう、マリは不敵な笑みを浮かべて。遠のいて行く背中に、そう呟くのだった。