第三話 姫椿の毒気⑤
そして、次の日。
[蘭北斗さんへ。本日の放課後、体育館倉庫裏にいらっしゃるように。二年、椿木絢子より]
という内容の手紙が、ランの下駄箱に投函されていた。
「マリー! 見てみて! お手紙貰っちゃった!」
と、はしゃぐランであったが……。
「それ……あんまり良くない意味の呼び出しじゃね?」
親友は冷静に回答。
「呼び出し? あっ、告白かな?」
「いや、多分……違うんじゃないかな……」
ランは過去。中学時代に、年に数度は女子から呼び出しを受け、愛の告白をされていた。
男子っぽい外見だった小学生までなら、ただの勘違いで事は済んでいたのだが。マリによるマネジメントを受け、本性を見せなければ極普通の女子であった状態での告白は。完全に本気であり、ランだけでは無くマリも巻き込まれては、その申し出の対応に苦労を強いられた。
「昨日、あんなに派手に貴公子パイセンにお迎えに来られてたから。嫉妬に狂った女子生徒のヤッカみサンドバッグの標的にされたんでしょ」
昔、自分もやったやつ……と、マリは人知れず心の古傷をそっと撫でる。
「……アレか。少女漫画とかでの、あのお約束展開の?」
「ですね。『恋キミ』でもあった、あのシーンのやつです」
「クラスのトップ2イケメン、昂輝と燈真と突然急接近した灯里に訪れた。あの……」
「そうです、耀司先輩と出逢う切っ掛けの。あのイベントです」
「ちなみに、乙女ゲーや学園ファンタジー物とかで……」
「悪役令嬢とかが主人公にやりがちなやつ」
神妙な面持ちになる二人。
すると、ランは「と、いう事は……」と驚愕の表情を浮かべ。
「私は……恋敵認定、されたという事でしょうか!?」
と、声を上げる。
過去。ランが学生生活を満喫する中で、学友達から女子扱いを受けた事は殆ど無かったのだ。
海外や、家族である父と祖父。門下生達には、一応年相応の少女としての対応をされているが。同年代の男子にはほぼ男子と見なされ、女子からは一般男子達よりも高い人気と憧憬の眼差しを向けられていた。
なので例え、同級生の女子生徒が好意を抱く男子とランが仲良くしていようとも。その同級生は何の不快感も抱かず。逆に、ある男子生徒が自分の好きな女子とランが仲良くしていると「お前に惚れられたら勝ち目が無いから、あんまり仲良くしないでくれ」と、半泣きで懇願されたりというエピソードもあったりする。
「まさか、こんな経験が出来るなんて……」
「えっ、ラン。まさか、感動してる?」
「いや、だって……初めてだったから」
照れたような笑みを浮かべるランに、マリは少々呆れながら。
「コレ、アレだからね? 嫌味とか理不尽な事言って、メンタルボコボコにして泣かせたりして。貴公子センパイへの接近牽制するのが目的だからね」
「……あー、それは困るなー。ジゃ……百合園先輩とはお友達になったから、会ったりお喋り出来なくなるのは嫌だ……」
「へぇ~、ラン。先日の下駄箱での出会いから、いつの間に貴公子サマとそんなにお近づきに~?」
興味本位でニタニタと尋ねるマリであったが、ラン達が抱える内情は親友でも言えない事情な上に。非現実的過ぎる内容であった為、ランは困惑の表情で。
「まぁ……その……色々、と……」
と、曖昧な返答で濁してしまう。
何か隠している……誰でも簡単に気が付ける様子であった。
しかも、ランには嘘を付く才能が全く無いのだ。長年の友人で無くとも、マリは「訳アリ」である事を察した。
しかし、その内容はランの心中に閉じ込められている事柄とは大分掛け離れた推測で。
(まさか……あのランに、男子との――しかもイケメン、しかもセンパイ――恋の予感!? これは、何とか進展を促さなければ……親友としても、私の為にも!)
と、妙な使命感に燃えだすマリ。
「今から、もうドキドキする……手紙くれた人、椿木先輩? って、どんな人かな? どんな事、言われるんだろう!」
「女子のセンパイからのマウンティング呼び出しで、そんなワクワクしたドキドキを抱く人は居ないと思うんだけど」
呆れた声を出しながらも、マリは心中で。
(任せなさい、ラン。何事においても破天荒過ぎるあなたに、私が友人その一として。完璧なサポートをし、貴公子とのラブストーリーを開幕させてみせるから!)
と、決意を固め。
(今まで読み漁ってきた、少女漫画で培ってきた知識で!)
そう、拳を強く握るのであった。