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第三話 姫椿の毒気②

その後、ランとジャンヌの後を追跡しようとする男女問わない野次馬達をかわし――最終的には、廊下を曲がった瞬間に窓からランがジャンヌを抱えて屋上まで登り上がるという荒技法を駆使――屋上の塔屋の屋根にて、二人は弁当を広げていた。


「こ、今後は……お迎えは、大丈夫ですので……」

「そっ、そうだね……ごっ、ごめんね……」


ランはジャンヌの人気の高さに驚愕し、ジャンヌはランにいきなり抱え上げられて窓から飛び出して校舎をクライミング――しかもジャンヌを左肩に抱えて落ちないように抑えていたので片手で――された事に、まだ心臓の鼓動が鳴り止まずにいた。


「アレだね……蘭さんって、昨日もそうだったけど……すっごく、その、強いんだね」

「いっ、いえ……そんな……戦争に参加されたジャンヌさんに比べれば、全然大した事ないです……」

「いや、蘭さん居たら。百年戦争、瞬殺だったと思うよ」


悪魔を吹っ飛ばしたり、男子を抱えた状態で片手で壁をよじ登ったり等する人間は。壮絶な戦場を潜り抜けて来た聖女といえども、流石に初めての遭遇だった。


「いやいや……本当に、私なんて大した事無いです……父と祖父の方が、私の数千倍強いですし……」

「蘭さんのお家は、一体どんな一族なの!?」


謙遜するランであったが、その内容はあまり控え目では無く驚愕するジャンヌ。


「いえ、ただの武術家です。一応、道場を営んでいて」

「あっ、成る程」


と、言いつつ。納得しきれない部分が少し残るジャンヌだが、敢えて突っ込まずに話を続けてみる事にした。


「じゃあ、子供の頃からずっとお父さんやお祖父さんに修行とかつけて貰ってたの?」

「そうですね。鍛錬したり、海外を横断したり」

「海外を横断!?」

「あっ、最初は。父が大会に出る事になったので、その観戦で中国に行ったんですけど。その試合で、父が思い通りの結果を出せなくて」


そして、自身を恥じたランの父は言ったそうだ。


「『俺は此処から地球を一周してから日本に戻る!』って」


聞きながらジャンヌは、「その父にして、この娘あり……」と内心思う。


「で、私も『あっ、それ良いなあ!』って思って。付いてったんです!」

「そっ、そんな軽いノリで!?」

「楽しかったですよ! ライオンとタイマンしたり、狼と一対多数の戦い方を研究したり!」

「大丈夫なのそれ!? 身の安全もだけど、各国の法律とかも!!」


被害者どころか加害者になってしまうのでは!? と、ジャンヌは思うが。


「あっ、駆除依頼のあった猛獣や害獣や。あと、地元住民の方々に許可を得ている動物しか狩って無いので大丈夫です」


依頼で対象の獣を狩れば報酬も貰えるし、場合によっては狩った動物を自分達の食糧や資金元にもさせて貰えたりもしたそうだ。

着の身着のまま出た旅であったが、その旅路は案外快適なものだったという。


「なんか……この現代では、かなり特殊で壮絶な人生歩んで来たんだね……」

「いえいえ、祖国救ったジャンヌさんに比べたら。私なんて、何も成し得ていませんから」

「いや、まあ……私も、ちゃんと救済した訳では無いんだけどね……」


終戦する前に、処刑されちゃったし……と、か細く言うジャンヌに。地雷を踏んでしまった事をランは感じ取る。


「あっ、えっと……その、すみません……」

「えっ、あっ、ごめん! 蘭さんが謝る事じゃないから!!」


気まずそうな表情のランに、ジャンヌが慌てて言う。

しかし、その後。少し気まずさが二人の間に残り、何となく。次に何の話を振ろうか……と、ランとジャンヌは互いに脳内で思考を巡らせる。


「あっ、蘭さんって」


口火を切ったのはジャンヌであった。


「名前、“北斗”っていうんだね。全体的に凄くカッコイイ名前だけど、お父さんが付けてくれたの?」

「あっ、はい! そうなんです! 本当言うと父は、自分の子供にケンシロウって名付けたかったみたいなんですけど。残念ながら、私。一応、女だったので」

「いや、残念って……」

「それで、女子でも大丈夫な名前にしたそうなんです」

「軽く言ってるけど、蘭さん本人はそんな軽い理由で良いの!?」

「私もその漫画好きなんで!」


その親御さんにして、この娘あり……と、ジャンヌは察した。


「……ラオウにならなくて、良かったね」

「個人的にトキはありでした! 推しなので!」

「いや、せめてユリアかリンじゃない?」

「いやぁ、私には似合わないと思うので」


あはは……と、笑いながら言うラン。だが、派手な華美さは無いにしても。女子としては申し分ない純朴さと可愛らしさを受ける見た目であると、ジャンヌは思った。


「そんな事は、無いと思うけど」

「いえいえ、本当ですよ。今は、友達が見た目のプロデュースとかも含めて女子らしさを指南してくれたので。女子の制服も、多少違和感なく着れてますけど。昔は、しょっちゅう男子だと思われてましたもん」


そのプロデューサーである友達には、勘違いから告白もされている。


「その子が、『“ちゃん”付けしても名前が男の子っぽくて紛らわしい』って。名字の読み方変えて『ラン』ってアダ名で呼ぶんですけど……最初はなかなか、馴染めなくて。少し、くすぐったかったです」

「ランちゃんって可愛いね! 小さな名探偵の彼女と一緒!」


するとジャンヌは、にこやかに続けて。


「私もそう呼ぼうかな。ランちゃん、って!」


と、言う。


「うーん……なんか、照れますけど……おっ、お好きに呼んで貰って大丈夫ですよ」


それに対し、ランは気恥ずかしそうに頬を掻きながら。苦笑いで承諾。


「やった!」


ジャンヌは嬉しそうに、そう溢し。


「じゃあ、ランちゃんね!」


無邪気な笑顔で名を呼んだ。照れた表情で「はい……」と返事を返すラン。そして、続けてジャンヌは。


「女の子の友達が出来て、本当嬉しいなぁ!」


と、弾んだ声で言う。


「ジャンヌさん、今イケメンだから。女友達作るの大変そうですもんね」

「そうなの……外面が男子だから、それらしくしないといけなくて……」

「アレですね、見た目はイケメン、心は聖女! って、いうキャッチコピー付けられますね!」

「堂々と口外出来ないけどね」


ランの冗談に、苦笑で返答するジャンヌ。


「……それに、男子の友人だけじゃなくて。家族にも打ち明けられない事を、こんな気軽に受け入れて貰えて驚いてる反面。凄く嬉しくて、ホッとしてる」


言いながら、ジャンヌはランへと視線を向け。


「ありがとう、ランちゃん」


と、優しい微笑みを携えて紡ぐのだった。

その眩い表情に、一瞬目が眩んでしまうランであったが。


「いっ、いえ! 私で善ければ、いつでも女子トークしましょう!」


そう、明るい声で返した。


「私の事、女子扱いしてくれるんだね」

「だって、中身は聖女様じゃないですか」

「面と向かって言われると、凄く照れるな……」


少し頬を赤らめて、困惑の表情で言うジャンヌ。


「普通で良いよ。寧ろ普通の友達として、接して欲しい」

「なんだか、畏れ多いですけど……分かりました!」


ジャンヌの言葉に、ランが笑顔で返し。二人は改めて、笑みを交わし合う。


「あっ、女子トークって言えば、その……」


すると、ジャンヌはそわそわとしながら。ランへと新たな話題を向けた。


「『恋キミ』の新刊、最高じゃなかった!?」


そして、興奮気味にそう言う。

因みに『恋キミ』とは、『恋に恋するキミに恋した』という漫画のタイトルの略称であった。


「メッッッッッチャ最高でした!! 神回というか、神巻でしたね!!」


そして、ランも同じテンションで返す。


「ついに……ついに、燈真とうまとの恋が、進展し始めて!」

「今まで、ずっとただの友達だったのに、灯里あかりへの恋を自覚した瞬間がホントもう最高でした!」

「しかもしかも、ずっと弾けなかったピアノも弾けるようになって……あのシーン泣いた」

「過去のトラウマと、天才故の苦悩からずっと弾けなかったんですよね……」

「そうそう! そんな彼に、灯里が静かに寄り添って弱音を聞いて励まして。灯里の存在が特別だって気が付いた燈真が……」

「『自分の旋律の先に、キミの笑顔がある……そう思えたら、最後まで曲を弾けたんだ。ありがとう、灯里。好きだよ』」


ランが引用した台詞を言うと、二人は同時に。文字表現の難しい奇声を発する。


「尊い……」

「胸のキュンキュンが凄くて呼吸が……」

「ジャンヌさんしっかり!」


胸を抑えるジャンヌに、ランがその背中に優しく手を添えた。


「あ~、でもでも。私、昂輝こうき派なのに」

「メッッッッッチャ分かります!! 昂輝はずっと、子供の頃から灯里が好きだったから。報われて欲しい……けど……」

「燈真にも幸せになって欲しい!」

「ホントそれですー!!」


ワキャワキャと騒ぐ二人の声が、青い空に響いては吸い込まれていく。


「ヤバい、こんなに『恋キミ』の話し、思いっきり出来たの初めて……凄く楽しい!」


興奮した様子で、ジャンヌが言う。


「ホントですか! なら良かったです!」

「ランちゃん、また是非私とお話ししてね!」

「私で善ければ是非是非! あっ、良かったら。今度はマリ……私の友達も呼んでも良いですか? 元々、『恋キミ』を布教してくれたのはその娘なので」


マリの「蘭北斗女子化計画」の一環として。少年バトル漫画しか読まないランに、女子力と胸キュンを学ばせ、尚且つ恋愛への憧れを抱けるように勧めたのが『恋キミ』であった。

少女漫画の趣向がランにハマるかは、マリにとっても賭けではあったが。『恋キミ』は見事にハマったようで、ランの色恋事への興味を抱く入口となってくれたのだ。


「あっ……えっと、その……それは、楽しそうで魅力的な提案なんだけど――」

「――ンなもん、無理に決まってんだろ!」


すると、気まずげに言葉を紡いでいたジャンヌの声を遮り。二人の頭上から声が降って来る。

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