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第二話 花桃の備忘録⑤

その日の放課後。

マリとその御付きとなっている女子二人は、草影鈴蘭が一人で教室を出た所を狙い。半ば強引に、人が来る事のほぼ無い体育館倉庫裏へと連れて来ていた。


「あの、私に何の御用で……?」


倉庫の外壁を背に、鈴蘭は眼鏡のレンズの奥に見える瞳を少し不安げに揺らしながら。マリ達へと尋ねる。

鈴蘭とマリ、そして他の二人とは全く接点もなければ会話もしたことが無かったので。突然人気のない場所に連れて来られて、彼女は戸惑い不安を募らせていた。


「何のって……」


すると、女子の一人が不機嫌そうに口を開く。


「分かってる癖に」

「アンタねえ、昔。保育園が一緒だっただけで、北斗君に馴れ馴れし過ぎなんじゃない?」


二人の女子の言葉に、鈴蘭は「北斗ちゃん?」と疑問符交じりに呟いた。


「だから、そーいうのよ!」

「小さい子じゃないんだから、いつまでも男子の事『ちゃん』付けなんてしてんじゃないわよ!」


巻くし立てる二人に、少し戸惑った様子の鈴蘭。


「北斗君は、保育園が一緒だったから仕方なくアナタの相手をしてくれているだけなの」

「じゃなきゃ、アンタみたいな地味なガリ勉ちゃんを。今や学校一の人気者の北斗君が、話しなんてしてくれる訳もないじゃない」

「勉強以外何にも取り柄がないから、先生に媚びるの必死だったみたいだけど。まさか、男子にもとはね~」

「大人しくしてれば良いのに、調子に乗るのも大概にしなさいよね!」


二人の容赦の無い罵声に、鈴蘭の表情は暗く落ち込んでいき。徐々に地面へ顔が俯いていく。


「……泣いてるの?」


不意に、鈴蘭へと近づいていたマリが。彼女の顔を覗き込みながら尋ねた。

マリが見た所、まだ溢れてはいなかったが。その両目には、今にもこぼれ落ちそうな程の雫が溜まっていた。


「いえっ……あっ……」


視線の交わったマリに驚き、顔を少し上げた瞬間に涙が両頬を伝っていく。

慌てて、自身の袖口で涙を拭う鈴蘭に。


「別に、アンタの事なんてキョーミも無いし。どーでも良いんだけどさ……」


マリは何の色も無い表情で。


「ムカつくから、アイツの周り。ウロチョロしないで」


そう告げた。内にある怒りを、冷たく鈴蘭へと容赦なく放つ。

この瞬間、鈴蘭は全身が凍り付くような感覚に襲われる。

先程まで、他二人に向けられていた罵声は。恐怖よりも屈辱の方が強かったが、マリからは明確な自分に対する敵意を感じ取ったのだ。ただ「鼻に付く」という大した事の無い理由ではなく、鈴蘭だからこそ向けられた怒りだった。

鈴蘭を認識していなかったマリだったが、鈴蘭は同じクラスになった事がないとはいえマリの事を知っていた。可愛らしい容姿ゆえの人気は、何度クラス替えをしても話題が絶える事がなく。自然と噂や、その目立つ姿が目に留まるのだ。

鈴蘭のマリへの印象は「容姿の可愛さに対して、あまり笑わない感じの娘だな……」というものであった。

全く笑わない、という訳ではないのだが。常に笑顔を絶やさないという感じではなく。何処か退屈そうで、面倒そうで。その小さな体に、大きな虚無感を秘めているのではないか……と、鈴蘭は遠目にそう思っていた。

だが、そんな彼女が自身の感情に任せて。今、鈴蘭に怒りをぶつけて来たのだ。北斗への想いから。


「あっ、あの――」


心を奮い立たせ、鈴蘭が声を振り絞ろうとした刹那。


「――あ! おーい! 鈴蘭! 麻里奈ちゃんも!」


頭上から、能天気な声がして。


「よっと!」


と、いう掛け声と共に。鈴蘭とマリの間に、渦中の原因である北斗が華麗な着地と共に降って来る。

その登場に、御付きの女子二人は「北斗君だ!」と。嬉しさと気まずさを表情と気持ちに混同させた。


「二人って仲良かったんだね! こんな所で何してるの?」


見当違いの解釈をする北斗に、全員が唖然と言葉を失う。


「いや、その……てか、北斗ちゃん。また、上履きで外出て……」

「あっ、本当だ! またやっちゃった、後で靴底拭かなきゃ……アレ、てか……」


北斗は鈴蘭の頬を両手で包み込むと、自身の視線と交わらせ。


「鈴蘭、目赤いけど大丈夫?」


と、尋ねた。

その光景に、マリの心に渦巻く黒い物は。のたうち回るように暴れ出す。


「やっ、これは……その……」

「どうしたの? 何が――」

「私が泣かせたのよ」


心配気な北斗の声を遮って、マリが鋭く言い放った。

その行動に、御付き二人だけでなく。鈴蘭も目を見開いてマリを見る。


「麻里奈ちゃん? どうして……」


北斗の質問に。


「ムカついたから」


と、マリが言う。


「ムカつくのよ……そいつも、アンタも!」


眉を寄せ、表情を黒く歪めるマリ。その声は、震えが交じり。いつもとは違う荒々しいものとなっていた。

今まで一度も見た事のない彼女の様相に、鈴蘭も御付き二人も驚きの表情で固まる。


「アンタと会ってから、変な気持ちにばっかなる……痛いのか辛いのか、嬉しいのか苦しいのか……どうしたら良いか、ワケ分かんないのよっ!」


思いの丈をぶちまけてから、マリの顔は感情の昂りで真っ赤に染まっていた。


「あっ、その……」


戸惑いながら、口を開く北斗。


「あの、麻里奈ちゃんの事……良く分かってない間に。困らせたり、苦しめてたのなら、本当にごめん……でも、それで鈴蘭を傷つけるのは――」

「北斗ちゃん!」


すると、北斗の言葉を鈴蘭が遮り。


「あの、その……ね。えっ……と」


と、とても気まずそうに口籠る。


「桃瀬さんが、私にムカついたり。北斗ちゃんに戸惑ってたのは、その――」

「北斗君の事が好きだからよ!」


鈴蘭が慎重な言葉を探している中、御付きの一人が高らかに言い放ってしまう。

その瞬間、鈴蘭は額を両手で覆った。


「北斗君の事が好きだから、北斗君と一緒に居ると胸が苦しくなったりドキドキして。草影さんに嫉妬してたのよ!」


さらに、もう一人が懇切丁寧な補足を加えると。


「えっ!?」


と、北斗……ではなく、マリが心底驚いた声を上げた。

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