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第二話 花桃の備忘録④

それから、約一週間の時が過ぎる。


(何なのよ、アイツは!!)


マリは未だに、北斗から“お詫び”と称せられるような行為は受け取っていなかった。

一週間を振り返ってみると、あっという間な日数ではあるが。あの日以来、彼がどんな事を自分にしてくれるのか楽しみ……もとい。また何をやらかされるのか、不安で毎日気になって仕方の無かったマリにとっては。とても長く、疲労感に包まれた七日間となっていた。

クラスが違うので顔を合わせる頻度は少ないとはいえ、同学年である以上。廊下などですれ違ったりする機会は多い。

そういう時、マリは以前よりも北斗と目を合わせるのに抵抗はなくなったのだが。当の彼は、軽く挨拶をしたり笑顔を向けるのみである。


(何でアイツのせいで、毎日毎日。私が頭を悩ませないといけないの!)


最近の日課になってしまった自問自答や、直接伝えられない込み上げる怒りを内心で愚痴りながら登校してきたマリは。少し乱暴に、下駄箱に外履きを投げるように仕舞い。上履きを床に叩きつけてから、両足に履く。


「――あっ、麻里奈ちゃん。おはよう!」


聞き覚えのある声に、マリは眉間に皺を寄せながら顔を向ける。


「凄い顔だけど、どうしたの? 寝不足?」


だとしたら、全部アンタのせいよ!! ……と、心の中で叫ぶも。マリは口には出さなかった。


「別に」


一週間前のように、思わず素っ気ない態度を取ってしまうマリ。

そんな彼女の失礼な態度も気に止めず、北斗は「あっ、そうそう!」と。自身のトートバッグの中に手を突っ込みだす。


「……そういえばアナタ、ランドセルじゃないのね?」


確か初めて出逢った時も、彼はランドセルを背負っておらず。手作りっぽいトートバッグに教科書や筆記用具等。学校で使用する物を詰め込んでいた。


「ああ、なんか買いそびれちゃって……本当は日本で小学校に入学するつもりだったんだけど、父さんの海外渡航に付いて行ったら。そのまんま、そっちに五年も居座っちゃって」


少し照れた表情で言う北斗に、マリの胸が高鳴りを覚え始める。


「こっちの学校も、あと一年ちょっとしか通えないなら。別にランドセルじゃなくても良いかな、って」


学校の先生達にも、お父さんが許可取ってくれたし……と、言ってから。北斗は「あ、あった!」と。バックから何かを取り出す。


「はいコレ。お詫びとバレンタイン」


そう言って差し出されたのは、小さな小袋に入れられた三枚の丸型のクッキーであった。

マリは北斗に言われ、「そういえば、今日バレンタインだったか……」と思い出す。ここ最近、ずっと彼のことで頭を悩ませていたので。そんなイベントは、すっかり頭から忘れ去られてしまっていたのだ。


「あっ、あんまり綺麗じゃなくてごめんね! お菓子は初めて作ったんだけど……味は、大丈夫だったから!」


多分! と、不安が尾を引く一言を残す北斗。


「綺麗じゃない……っていうか、割れてるんだけど」


クッキー達はビニールの中で大分暴れたようで、ヒビを刻みながらも何とか頑張って形を保っている物や、完全に分裂をしてしまっている物達が居り。袋の下方には、砕け散った細かい破片が少し溜まっていた。


「あっ、ごっ、ごめんね……持ってくる時、あんまり注意しなかったから……」


萎んだ声で申し訳なさそうに差し出したクッキーを下げようとした北斗の手を、マリは小袋ごと両手で掴む。


「……いや、その……いらないとか、言って無いし……」


顔に増し始める熱が、彼女を俯かせながらも。


「お菓子は、食べたら美味しいか、不味いかしかないんだから……形なんて、別に……良い、のよ……」


今まで、感じた事の無かった感情に突き動かされて絞り出した言葉は。


「……ありがと」


だった。

言い終わったマリは北斗の顔を見る勇気が出ず、地面にある自身の上履きと睨めっこを開始してしまっていると。


「そんな! こちらこそ、ありがとう!」


という、屈託の無い明るい声が弾けて耳に響いた。


「それじゃあ、また!」


未だに顔を上げられないマリにそう告げると、北斗は軽く手を振ってその場を後にしていく。

残ったマリはというと。


(……普通、バレンタインって。女子が男子に、チョコあげるんじゃないの?)


という思考がマリの中で浮かぶが、すぐに海外での風習は日本とは違い。男性から女性への贈り物をする場合が多いことに気が付き。


(アイツ、帰国子女だし。それでか……)


などと、脳内で取り止めの無い考えを浮かべては。自問自答をして、ざわつく胸を必死で宥める。


(べっ、別に、きっと……“お詫び”ってことでくれただけで、私のことをどうこう思ってって訳じゃないの、ちゃんと分かってるんだからね! 大体、アイツが私の事好きでも。私は――)


「あ、鈴蘭すずらん!」


ぐるぐると一人で様々な言葉を胸中で駆け巡らせていると、再び弾けた北斗の声……そして、マリよりも親し気に呼ばれた女子の名前に「ん?」と顔を向けた。


「北斗ちゃん、おはよう」


返答を返したのは、眼鏡を掛けた見覚えの無い女生徒だった。

あまりに距離感の近しい呼称に「北斗……ちゃん?」と、マリの心に揺れが発生し始める。


「おはよ! あっ、コレ。ハッピーバレンタイン!」


そう言って、マリと同じ……否、少しマリのものよりも量が多く見えるクッキーの入った小袋を彼女へと差し出す。


「ありがとう! はい、じゃあ私からも」


朗らかに笑いながら受け取った彼女は、続いて北斗にピンクのリボンでラッピングされた包みを渡す。


「わぁー! ありがとう! 中身何?」

「開けてからのお楽しみ」

「え~、教えてよ~」

「え~。じゃあ、ヒントね。チョコだよ」

「ん~……チョコクッキー?」

「うーん、どうかな?」

「ちょっ、鈴蘭~!」


仲睦まじい様子で、他愛無い会話を交わしながら。教室のある方へと歩み始める二人の後ろ姿を、呆然と見つめるマリ。

その胸の内は、黒く輪郭の掴めない何かが。ザワザワと不快感を伴って渦巻いていた。


「麻里奈ちゃん、おはよう!」

「こんな所で、どうしたの?」


すると、いつもマリの傍に居る二人組が登校し。声を掛ける。


「……ねぇ、あの北斗君としゃべってる娘。知ってる?」


マリはいつもより低い声音で尋ねた。


「あっ、隣のクラスの優等生!」

「名前は、確か……草影くさかげ鈴蘭!」

「なんか、超勉強できるらしくて。先生達に気に入られてるらしいよ」

「でもそれ以外は地味子で、大した事ないって」

「真面目な良い子ちゃんだから、ちょっとメンドイらしいし」


顔が広く、噂好きの人物とはこういう時便利なものですぐに情報の入手が叶う。

そういえば、マリが他人に興味が無いから憶えていなかっただけで。学校行事や全校集会の表彰授与の時などで、その名と姿を見た事があった気がするのを思い出す。


「ふ~ん、じゃあ。クラスが一緒だから、転校生の面倒見てるんだ……」

「あっ、北斗君とは幼なじみ? みたい!」

「保育園が一緒だったらしいよ!」


その一言で、マリの心がピシりと軋んだ。


「……ふ~ん」


不快感を与える黒い何かは、先程よりも色濃くマリの中に広がって。


「……何か、ムカつく子だね」


と、感情のみに揺り動かされた言葉を吐き出させた。

その一言は、マリにとってはあまり深い意味のあるものではなかった。

ただ、自身の中に生まれた判断のつかない感情を。何とか発散させたい思いで、突き動かされて出てしまったもので。そこに含まれる理由や動機について、マリは全く理解を出来てはいなかった。

しかし、その場で聞いていた二人の女子にとっては。そんな事は知る由もない事情であり、単純に今まで「何か鼻に付くな……」と、ぼんやり感じていた印象が増大する切っ掛けをただ生んでしまう。


「確かに! 今まで、ずっとぼっちだったクセに。なんで急に北斗君とばっかり居るの、って思ってた!」

「人気者の男子としか、関わりたくなかったって事じゃない? 先生にも媚びって、イケメンにもみたいな!」


負の印象を持つ対象が他者と一致した時。人は妙な一致団結心が生まれ、「自分達が正義で、相手が悪」という敵愾心が生じてしまったりする。


「ちょっとさ、懲らしめた方が良いよね」

「うん、私達で北斗君を救わなきゃ!」


そして、自身が正しいという妄信が。他者を傷つける「悪」の行為である事に気が付かぬまま、どんどんと感情と衝動に流されていってしまうのだ。

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