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第二話 花桃の備忘録③

何とか無事に、本鈴より前に教室に到着する事の叶ったマリであったが……少年は、あろうことか下駄箱には寄らずに、校舎の外壁から窓へと飛び上がり。直接、三階にあるマリのクラスの教室へと飛び込んで行ったのだ。その時の教室内といったら、皆一様に唖然と口を半開きにして。呆然と二人の姿を凝視していた。

一応、教師の恩情で遅刻扱いは免れたものの。土足で教室に入った事により、マリまで一緒にお叱りを受けることとなってしまう。


(ったく、なんで私まで……)


ロクでもないヤツと関わってしまった……と、マリは戻って来た教室で内心毒づく。


「麻里奈ちゃん大丈夫だった?」


クラスメイトの女子二人が、マリの元へとやって来る。


「さっき、麻里奈ちゃんをお姫様抱っこしてた子。隣のクラスの転校生なんだって」

「おひめっ……!!」


突拍子もない出来事の連続で全く気にしている余裕がなかったが、そういえばマリは父親以外の異性でお姫様抱っこをされたのは初めてである。人に言われて、彼女の体温は急激に上がっていく。


「そっ、そうなんだ!」


だが、それがバレるのはもっと恥ずかしいと思い。マリは何とか誤魔化して、二人が振って来た話題を続ける。


「へっ、変な人と関わっちゃったなぁ~」

「いきなり窓から飛び込んで来るんだもんね」

「麻里奈ちゃん、怪我しなかった?」

「ぜっ、全然平気!」


怪我はしてないが、下着は見られるし。超スピードで左右上下に揺れる移動に目は回ったし、最終的に教師から叱られたりとマリの心は疲弊しきっていた。


「あの子が帰国子女?」

「なんか、全然イメージと違ったよね~」


と、口々に話すクラスメイト二人。


「名前は確か……北斗ほくと君?」

「わぁ、名前なんかカッコイイ!」

「多分、そうだったはず……麻里奈ちゃん、合ってる?」


不安げに尋ねられるが、マリは「分かんない」と素っ気なく返答した。


「名前聞いてないの?」

「朝一緒に登校したのに?」

「通学路でたまたま会っただけだし」


そう告げるマリに、二人は「そっか~」と相槌を打つ。


「名字はなんて言ったかな……確か、えっと」

「荒井、か。荒木とかなんとか……」

「どうでも良いじゃん」


さらに話題に花を咲かせる二人を、マリがウザったそうに遮り。


「あんな変なヤツ……もう、関わりたくないし」


と、唇を尖らせるのであった。



  * * *



しかし、事態は翌日には一変していた。

マリとの窓から登校した件で、変人扱い決定かと思われていた転校生の北斗であったが。彼はその日の体育の授業で、持ち前の桁外れな運動神経を遺憾なく発揮。

クラスメイト達の態度は一変し、一躍人気者へと華麗なる転身を果たした。

それだけでは無く、掃除の際には率先して机を運んだり、二人分の雑巾掛け仕事を果たし。尚且つ、困っている者にさりげなく手を差し伸べ。普通の男子なら恥ずかしがって出来ないような気遣いを女子にさらりとしてしまい、快活で朗らかな人柄が男女問わず好感を得たのだ。


(なんで、あんな変なヤツが……)


しかし、マリは初体面でどんでもない目に遭わされた人物の話題で持ち切りの現状を面白く思っていなかった。


(そりゃあ、運動神経は凄いし。良いヤツな感じだったけど、変なのには変わりな――)


「あっ、キミ!」


刹那、トイレの入口から出てきたマリに。話題沸騰中の人物が声を掛けて来る。

最初、マリはツンっとそっぽを向いてその場を後にしようとしたが。


「この前、名前。聞きそびれちゃってたから」


と、気にした素振りも無く話しかけて来た。

マリは自身の胸に広がる不快感を隠しもせずに表情に出すが、それでも北斗は話しを一方的に続ける。


「もし良かったら教えてよ! あっ、自分は――」

「北斗君でしょ?」


彼の言葉を遮り、ぶっきら棒な口調で告げるマリ。


「あっ、うん、まぁ、そう――」

「有名だもん。転校初日にいきなり窓から教室に飛び込んできた変な子、って」


マリの嫌味に、北斗は「あはは……」と困ったような笑みを浮かべた。


「あの出来事のせいで、私まで変な目で見られたんだから!」


プイっと、マリは再びそっぽを向く。


「ご、ごめんね……」


さらに困惑した様子で頭を掻き、北斗は。


「じゃあ、お詫びをさせて貰えるかな?」


と、続けた。


「お詫び?」


北斗の言葉に、首を傾げるマリ。


「何それ?」

「それは、今度までのお楽しみ……って、事で」


少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら告げる北斗。


「だから、可愛らしいお嬢さん」


屈託の無い笑みを浮かべて、不意に優しく放たれた台詞に。マリの心臓が跳ね上がる。


「良かったら、お名前。教えて頂けますか?」


思わず彼の背後に、美麗に輝く白い薔薇を纏う幻影と。清涼なそよ風を感じてしまいながら、高鳴り始めて耳障りな鼓動を必死で内心誤魔化し。マリは自身の名前を告げるのであった。

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