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待っていた者

ヴイスのVRゲームにおける味覚の開発協力の第一歩。

 それは自己紹介であった。技術を教える前に、味覚の開発を行っているスタッフや現在の進捗を教えてもらう。


 そこでコナタは朝6時という何時もの土曜日なら絶対に起きてすらいない時間にヴイスに来たのだが、


「おはよう」

「お、おはよう」


 扉の前には近江がいたのである。

 

ここでコナタにはある疑問が浮かんでしまう。

どうして近江まで来ているのだ、と。コナタの情報不足なのかもしれないが、彼女がゲーム制作に関する技術に長けているという話は聞いたことがない。普通の高校生がどんな理由で味覚の開発力に必要な人員になるのだろう。


 大した問題ではなく無視して事を進めることもできたが、素直に聞ける機会というものは若い時しかできないとコナタは質問してみた。


「あの、近江さん」

「何?」

「近江さんは何で来たの? 今日はゲームの開発についてだから、あんまり面白くないと思うけど」


 我ながら失礼なのではないかと、話した後にコナタは後悔したが、近江は不快な表情をすることなく返答した。


「冷やかし、かな」

「それって大丈夫なの?」

「まあ、父親が重役だし。特別ってことで」


 ただの職権乱用である。


 現代において許されるのかと思いコナタは心配してしまうが、近江はそれに気づき訳を詳しく話した。


「大丈夫。父さんの独断じゃなくてしっかり上の人に許可は入れてあるから。面目上、私はテスターとしてここにいる。まずは企業の親族から選んで、次に一般公募になるように父さんが提出したの。そのテスターの最初が私になっただけ」

「それは、グレーでは?」

「ホワイトよ。健全だし合法。こんなのでグレーって騒いでたらこの先やっていけないって」

「そう、なんだ。わかった」


 黒い大人の世界を見てしまったと感じるコナタだったが、ここで騒いで黒いスーツを着た男の人にでも捕まったらそれこそ一大事である。別にコナタ自身が不利益を被っているわけでもないので、これ以上の話はしないようにした。


「それに、これからしたい仕事のことを一つでも多く知っておきたいしね」


 近江のここに来た目的へと話が変わり、コナタは驚くとともに感心する。彼女がゲーム関係の仕事で働きたちと思うのは意外だった。逆に何の仕事を目指していそうかだったと言われてもコナタは見当つかないが、彼女がよりにもよってゲームを作ろうとする側の人間だとは思えなかったのだ。


 しかし、自分のしたいことに対して直向きに取り組む姿勢はイメージ通りだ。


「近江さん、ゲーム好きなんだ」

「好きだよ。でも、最近はもっと好きになった」

「きっかけでもあったの?」

 

 話を膨らませようとコナタは質問するが、近江はそれを耳にすると呆れた顔を向けてくる。


「鈍感なのね」

「……らしい。詳しく頼む」

「自分の命を救われて、更に感動を与えてくれた分野に夢を持つのは当然じゃない」

「……え、きっかけって俺?」

「そこで驚かないでよ。結構、普通のことじゃない」

「そう、かもね。頑張って」


 働きたい仕事はかなり最近に決まって、その原因はコナタだった。

誇って良いのか、自分が近江の道を決めてしまったと罪悪感を持つべきか。客観的に考えて王道の話だが、当事者となるとどうしても納得いかないものである。


そんな雑談をしているうちに目的の部屋に到着。数回ノックをして入出した。


「失礼いたします」


 部屋には大人が4人。来たコナタに熱意のある視線を送る。


「本当に子どもなんだ」

「この子が私たちよりも優れていると」

「肩透かしなんじゃないか?」

「そうっぽいな。まあ、話半分で聞こう」


 コナタたちには聞こえないような声で彼らは会話をし、入ってきたコナタに指示をする。


「君が確か、山口君だったかな?」

「山県です」

「そうか。なら、そこに座ってくれ」

 

 指示されたとおりに座ると、スタッフたちは名乗りもせずに話を始めた。


「それじゃ、始めよう。まずは私たちの現状から確認してほしい。VR世界で体験するから、そのヘッドギアを付けてくれ」

「はい」


 コナタとは違いST1ではなくST2を使ったVR空間でヴイス側の発表が始まる。空間は研究室のように真白。オブジェは見えやすいように黒になっている。


 テーブルに食品らしきものが出されて、スタッフたちが説明を始めた。


「君の目の前に出たものが開発中である食品アイテムのサンプルになる。見た目に関してはそれなりに再現が出来ているだろ?」

「そうですね」


 奇しくも、出された食品アイテムは近江にも御馳走したステーキだった。

 最新ゲーム機の解像度を基に作られた見た目は、確かにコナタが作ったもの以上の再現度があった。


 しかし、正直この程度であればST1でも作れないものではないというのがコナタの感想だ。圧倒的に差が開いているわけではない。


「さて、次に試食となるわけだが、ある程度覚悟しといてくれ。見た目と違って、味はお世辞にも美味しくはない」

「はい。いただきます」


 コナタはステーキを一口サイズに切ろうとする。

 すると、そこだけで致命的な欠陥が見つかった。肉を切ろうとすると、切れない部分と切れる部分が完全に分けられているのだ。というよりも切られる部分が決まっており、そこをなぞるように切らないと一口サイズにできない。


 肉を刺した感触も酷く、自分は本当にこれから肉を食べるのかという疑問すら生まれてしまう。


 口の中に入れることを躊躇ったが、勇気を振り絞り飲み込んだ。


「……」


 広がってきたのは凄まじい塩味と残飯のような様々なものが混ざった臭みだった。思わず吐き出しそうになるもので顔を歪めずにはいられない。VR料理を確立しているコナタにとってはどうしてこうなってしまったかという経緯が知りたくなる。


 恐らくだが、スタッフたちが研究しているシステムはコナタのものと大きく違うだろう。ここから改善案として提示できるものは二つ。


 一つ目はコナタのシステムに全て置き換えること。要するに、スタッフたちにはこれまでの研究を全て捨ててしまえと言う訳だ。残酷な話だが彼らもプロの端くれ。コナタのVR料理の再現度の高さを体験すれば承知してくれるはず。しかし、スタッフたちが現状のシステムに行きついた理由があって、彼らのシステムにしなければいけないのであれば話は違う。


 二つ目の選択肢である現状のシステムの改良を行わなければいけないだろう。コナタのもので流用できるデータがあれば良いが、できなければ長い期間を要する。


「まあ、これが私たちのこれまでの成果だ」

「ごちそうさまでした。それでは、早速ですが食品アイテムに関してのシステムを教えてくれませんか?」

「いいでしょう。まずは――」

「すいません。その前によろしいでしょうか?」


 コナタが確認しようとした所、近江が話に割って入ってきた。

 

「私にもスタッフさんたちが作ったものを食べさせてくれませんか?」


 近江の提案に誰一人として明るい顔はしなかった。あんな残飯を食べさせたい人間がいるものか。特にスタッフたちの拒絶感は目に見えて感じる態度になっている。製作者ですら良いものではないと断じているのだ。外部の人間の感想は時として冷酷だ。血と汗の結晶だとも知らず踏みにじる発言をするだろう。


「すいませんが、それは後ほどということにして」

「今食べても後に食べても同じでしょうに」

「これは仕事なんです。僭越ながら、部外者は黙っててくれませんか?」

 

 スタッフの一人が近江を威圧する。一応、重役の家族ということで自重しているかのような言葉も含んでいるが、彼女にとっては心地よい言葉ではない。


 近江は黙り込んで、不機嫌そうな顔をする。スタッフたちは彼女を無視してコナタに説明を続けようとしていた。


 しかし、


「おや、貴方方に仕事人としてのプライドがあるんですね?」


 激怒した近江は売り言葉に買い言葉。スタッフ全員を挑発した。

 彼らは一言で言えば大人の対応をしたのだろう。彼女の発言を無視してコナタに向けて説明する。


 このまま何もなかったかのように話を進んでいくはずだった。


 コナタがスタッフの根本的な汚点に気づかなかったのであれば。


――ここまで言われて、誰も悔しそうにしてない


 自分たちの作ったものが思い通りのものではない。そして、第三者に罵倒されている。技術屋なら自分たちの無力さを噛みしめる。

 こんなこと言われていいのかと拳を強く握りしめるはずだ。


 対して、スタッフたちは非常に事務的だ。成果が出ていないという点を除けば、仕事を真面目にこなしている。まるで関心がないかのように。


 それで良いはずがないのだ。

 スタッフたちは心の中で諦めている。自分たちにはできるわけがないとして繋ぎに徹している。


 熱意がなく、前へ進もうという試みが見られない。


「……すみません。こちらから頼んで申し訳ありませんが、一旦別のことをしませんか」

「別のこと?」

「はい。私の作ったVR料理を試食しましょう。食べ比べ、ということもやってみませんか」

「いや、それは自分勝手でしょ。まずは此方の説明を聞いてください」

「……こんな着飾った残飯の話何て聞きたくありませんよ」


 悪口なんて言いたくはなかった。

 しかし、コナタは確かめたかったのだ。今目の前にいる人たちが、自分のしている仕事に誇りを持っているのかどうか。


「山口くん。君は少し才能があると勘違いして傲慢な態度を取り全てを失う人間のようだ。手遅れかもしれないが今すぐ直した方が良い」

「怒らないんですね」

「怒らせるために言ったのかい。子どもだね」


 一見、的確に反論しているように見えるかもしれない。しかし、スタッフたちは度外視したのだ。自分たちの携わった作品の粗悪さを。

 コナタの言葉や態度だけを糾弾し、こんなちっぽけな高校生の挑発にすら実力で押し通ることができない。


「もういいです。貴方たちの説明を聞きましょう」

「最初からそうしていれば良かったんだ」

「ただし、全て話し終えたら今度はこちらのことをしっかり話させてもらいますからね」

「一言余計だよ。もう暫く黙っていてくれ」


 スタッフたちの話を聞いたが、コナタが恐れていたST2において彼らのシステムを使うメリットは一切なかった。

 つまり、彼らの製作物はコナタから見て明らかなゴミとなり果てたのである。



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