関わりたくない無意識
近江家族の提案によって、ゲーム制作の味覚部門の仕事に携わることになったコナタ。
しかしながら、
「実感がわかないんだよな」
と学校の帰路で愚痴を漏らしていた。
味覚に関するVRゲームの進歩は遅く、コナタのVR料理が最先端であるらしい。
そう言えば、友人が話していた回復アイテムは全て注射器や包帯のようなものだったことに気が付いた。
FPSではありえそうだが、RPGゲームでもその方式を採用しているらしい。その時にはRPGと言えばポーションを飲む方が良いのではないかと思ったが、昨日のヴイスの話を聞いて合点がいった。
中途半端な飲み物もどきを出されて回復アイテムですと言われても、ユーザーからは反感を買うだろう。
一つだけだがコナタが作った料理の中には飲み物も一種類だけある。これを機にファンタジー世界でポーションが出てくるのを祈った。
「おや、お一人でしたか」
後ろから声をかけられてコナタはその方向に体を向ける。
立っていたのは昨日も一緒にいて、広義的な意味なら今日も一緒にいた存在だった。
「近江さん」
「こんにちは、山県さん。部活はないんですね」
「まあ、うちは月一回のミーティング以外は自由行動なので」
「そうだったんですか」
近江が話しかけてきたという理由は一つしかないだろう。コナタは自分が予想している話の本題へと移そうとする。
「えっと、今日も料理をいただきたいと」
「是非とも」
「それならこれを」
大称賛をしていたVR料理を一日でも食べられないのは近江にとって拷問だと思った。故にすぐさま彼女が手軽にVR料理を食べられるようにしようとするのはコナタにとって必須事項である。
ディスクを一枚渡し、コナタは説明する。
「オリジナルのコピーです。質は同じなのでご心配なく。これで家でも気軽に味わえますよ」
「本当ですか! ありがたく頂きます」
声色がワントーン上がったことが近江の喜びを何よりも表していた。彼女もこのディスクのことだけを考えたかったが、理性で抑制し頭を働かせる。
すると、ある疑問が生まれた。
「そう言えば、これをどうやって渡すつもりだったんですか。私が来るのを予想していたと」
近江からすれば、コナタがコピーを作ってくれたことはありがたいことだ。しかし、何時渡すつもりだったのだろうと思ってしまう。普通なら学校で渡せばよかったし、もしかして自分が我慢できずに来るのを待っていたのか。後者なら恥ずかしいことこの上ない。
「いいえ。私そこまで頭良くないですよ。ただ、本来はヴイスの方に渡そうかなと。ヴイスに調べてもらってからの方が安全じゃないですか。なので、必ずヴイスで調べてくださいね」
理由を聞いた近江だが、納得がいかない。
「あの、それなら最初から私に渡せばいいじゃないですか。その方が手間は少ない。それに予め私に連絡した方がスムーズだったのでは?」
近江から見て、コナタがディスクを自分に渡した方が後は勝手に自分が検査をするのだから、ヴイスにわざわざ行く必要がなくなる。また、近江にコピーができたことを連絡していて打ち明けた方がヴイスとのやり取りをするにしても事前に情報を送れるので楽だっただろう。
「……そうですね。失念していました。次からは気を付けます。それじゃ、また」
コナタも近江の話を聞き、その手段の方が良かったと思った。反省し、次はそうしようと思って別れようとする。
しかし、彼女は去ろうとするコナタを引き留めた。
「待って下さい。まだ、話を終わっていません」
「すいません。早とちりしてしまいました」
どうもコナタの態度が近江には違和感があった。
近江は自分の容姿にはそれなりの自信がある。大和撫子と形容されるような黒い髪と瞳に白い肌。生まれてきて告白されたのは一度や二度ではない。
普通の高校生ならば、近江と接点が出来てこのように逃げるような態度はとらないのである。
一流の大人たちが作れなかったVRの味覚機能をVR料理として完成させている天才にその枠組みで見るのもおかしな気がするが。
ともかく、自分から少しでも離れようとするコナタを近江は不思議に思った。
「あの、山県さん。私のこと嫌いですか?」
単刀直入に聞くと、コナタも首を傾げて近江の顔を見る。
「何ですか急に?」
コナタが近江に嫌いかと言われて、頭が混乱してしまった。
彼女から見た不可解な行動はコナタからすれば無意識に出たものだ。突然、嫌いかと言われても回答に窮する。
「何というか、私から離れたいような」
「そんなことはありませんよ」
「それなら少し付き合ってくれますよね」
自分でも言語化できるものではないのでコナタは近江の言ったことを否定した。
すると、彼女は笑顔を見せて、此方の手を引いたのだ。
流石に女の子に手を引かれ続けるわけにも行かず、コナタは「自分で歩けます」と手をほどいて近江について行く。
数分して歩くと彼女の足が立ち止まった。
「ここです。中に入りましょう」
「え。ここって……」
町でも有名なパンケーキ店に入り、流れで座席に座ってしまう。
近江は店員を呼び出し、素早く注文を終えた。その間、僅か30秒。呆けていたコナタにはどうすることもできなかった。
「さて、注文したものが来るまで話しましょうか。まずは――」
「あの、これはどういうことですか?」
身を任せてしまったが、状況を把握せずにこのまま流され続けるのは良くない。コナタはできる限り冷静な態度で近江に問いかけた。
「コナタさんにこのお店の味を再現してほしかったんですよ」
「再現?」
「ええ、友人が話をして興味があって。それで再現できないものかと。これが私の今日してほしかったことになります」
「ああ、そういうことですか」
VR料理を食べたとして、次に近江が望むものは何か。
それは、自分の興味のある料理を再現してほしいということである。そのために、コナタをこの店まで呼んだのだ。
しかしながら、彼女の望みを簡単に叶えることは難しい。
「すいません。残念ですが、専用の機器がないと新しい料理を作ることはできないんです。だから、ここで私が食べても無駄ですよ」
「そうでしたか。なら、仕方ありませんね」
VR料理は既に作られている料理を出すのであれば簡単だ。しかし、新しい料理を再現することは十分な機材と試行錯誤の実験によって成されるものである。
この場で実物を食べたからと言ってすぐに再現できない。
「あんまり、悲しまないんですね」
「元々、再現できれば奇跡だと思ってましたから。それに予め知ってもらうことはできそうですし」
要するに、近江が今日やりたかったことはただの要望であり、できるだけ早く再現してほしいという催促だった。
「勝手に千百円を払わなければいけない私の身にもなってほしいものなんですが」
事前に説明してほしいものである。別にパンケーキは嫌いではないが、予想外の出費はお嬢様と違って辛いものがあるのだ。そんなコナタのお財布事情を近江は違う意味で攻撃し始めた。
「私が奢るに決まっているじゃないですか」
「え?」
「私が食べたいものなんです。払いますよ」
奢ると言われて嬉しいのが半分、自分の器の小ささに罪悪感を覚えることが半分。奢ってもらうか意地で自ら払うか決めきれずに料理が来てしまった。
二人で分けて食べると店員は思ったのだろう。中央に置かれて、「ごゆっくりどうぞ」と言われた。
「さて、どうぞ味わって食べてください」
「は、はい。いただきます」
料理が出てしまったのだからキャンセルすることもできず、コナタは渋々とパンケーキを食べる。
クリームは盛り上がっており、その上に切られたイチゴやブルーベリーがデコレートされている。他にもイチゴのソースが満遍なくかかっていた。その下にパンケーキが3つ土台のようになっている。
どうやって食べるのだと迷う一品だが、幸いなことにコナタはこの類パンケーキの食べ方を知っていた。生まれ切っての健啖家であり、気に入った料理はどうすれば美味しいか動画などを見て研究している。
パンケーキを一口サイズに切り、それに乗っかっているイチゴやブルーベリー、ホイップクリームを乗せる。
そして、口の中に運ぶ。
口に広がるのは果物の酸味とクリームの甘味。そして、パンケーキの食べ応えだ。パンケーキはまだ暖かく単品ではやや熱くすら感じるだろうが、果物とホイップクリームによって中和され、適温で食べることが出来る。
「美味しいです」
「そうなんでしょうね。楽しみに待っています」
これまでコナタがパンケーキ屋に足を運んだことはなかった。動画も見て食べ方を知っていたのだから興味がなかったわけではない。しかし、自分には似合わない場所だと思って半ば諦めていた。
しかし、食べたかった料理は予想外の出来事で口に入ったわけだ。
そして、目の前には楽しそうに見ている近江がいる。彼女がもし、三日前にこのような場所にいたらこんな笑顔を見せなかっただろう。拷問をされたような絶望を含んだ顔が目に浮かぶ。
笑顔でいられるのは自分も将来は食べられると希望を持てるからだ。VR料理でコナタが作ってくれると期待している。
長い時間待たせてはいけないとコナタは次に再現するものを決めたのであった。
因みに、パンケーキのお代はどちらが払うかという点は近江ということで決まった。
コナタが決して払おうという気概を見せなかったわけではない。ただ、近江の『これくらいで出費が辛いと思うのでしょう。なら遠慮せずに』と哀れまれたことが決定打となった。
奢る近江の姿にコナタは自分にはない男気というものを見せられたような気がした。