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オニギリで死ねる少女

 再び夢を追い始めたきっかけは、ある少女の自殺現場からだった。


 15歳の高校生が自殺を行うとして、選ぶ場所はどんなところだろうか。

 学校の屋上なんかが相応しいだろうが、あいにくコナタの学校は生徒に屋上を開放していない。そもそも、現実なら屋上には入れる方が今は少ない。


 それでは、自室。首吊りができる縄を天井に着けるか、家にある包丁で自分の体を切り裂こうとしていたのか。

 残念なことに、異性の部屋に入れるほどコナタは恋愛上手ではなかった。加えて、コナタは一人っ子で姉や妹はいない。


 少女は放課後に誰もいない教室で、机の上にあるそれを見つめていた。

 

 おにぎりである。


 大事なことなのでもう一度言おう。

 おにぎりである。


 コンビニで買ったと思われる一個のおにぎり。貧乏性のコナタからすれば学校の購買で買えば安く済むのにと考えてしまう。

 視線に一瞬だけ移った程度では、空腹で我慢できずに食べるものだと通り過ぎようとした。


 しかし、あることを思い出し、コナタはもう一度教室の中を見る。

 

うちのクラスには特徴的な少女が一人だけ存在する。

 近江隆乃。

 クラスの中ではそれなりに美人で水のように透き通った黒髪とやや明るい茶色の瞳を持つ。テストの成績も進学校の自校で上位10番以内の常連。家族も大手会社の重役で所謂お金持ち。


 男性人気なら学校でも五指には入るに違いない人物で、コナタにとっては高嶺の花だ。

 そして、近江にはこの他にも一つだけ大きな特徴があった。それは100種類以上の食物アレルギーを持つということである。


 基本的に水しか飲めない。栄養は点滴やサプリメントで取っていた。だから、女子生徒からの僻みは驚くほどに少なかった。

 彼女が持つ数々の幸運は、普通のものを食べたら死ぬということで全て帳消しにされ、そればかりか同情されていたのである。


 おにぎりを食べようとしているのが近江であったのなら目覚めが悪いとコナタは教室を見た。


 考えすぎだと思っていたコナタだったが、教室にいる少女の顔を見たことで心が大きく揺さぶられる。

 予想はしていたはずだった。しかし、実際におにぎりを食べようとしている近江がいたことで思考が止まる。


「何やってるんだ!!」


 コナタは緊張すると先に行動してしまう性格であった。勢いよく扉を開けて近江目掛けて叫び出す。

 大声に彼女は気づいて、口に入れようとしていたおにぎりを落としてしまった。


 この場においてコナタには近江が持つおにぎりが刃物のように見える。すぐさま取り上げ、ゴミ箱へと放り投げた。


「あっ」


 悲しげな声を発した近江を見て、ようやくコナタは平生の思考を取り戻した。

 近江の顔を見るが、言葉に詰まる。彼女も罰悪そうにコナタを見るだけで何も話そうとしない。


 両者の沈黙は続き、気まずい雰囲気で時間だけが過ぎてゆく。耐えきれなくなったコナタが言葉を絞り出した。


「……ごめん」


 考えれば、自分は近江が買ったおにぎりを無断で捨ててしまったのだ。おにぎりだってただではなく、彼女が金を払って買った物をぞんざいに扱ったことになる。

 人のものを捨てたという罪悪から出た言葉だった。


 コナタの謝罪に近江は冷たく聞こえる声で返した。


「いいんです。ありがとうございます」


 捨て台詞だったのだろう。

 近江は立ち上がって早歩きでその場を去ろうとする。自殺を止められた人間にとってこの場は恥を晒した場所以外のなにものでもない。


 コナタはそんな近江の腕を力強く握った。


「待って下さい」


 コナタはどうしても近江に聞かなければいけなかった。そうしなければ一生後悔すると思った。


「どうして食べようとしたんですか?」


 食べたら死ぬことは近江が一番よく知っていたはずだ。自殺するなら他に方法もあったはずだ。


 そんな中、どうして食事という自殺方法を取ったのかコナタは知りたかったのである。


 近江はそれを聞き心底コナタを軽蔑したような、それでいて羨んでいるような目つきで涙を流す。


「……貴方にはわかりませんよ」


 わかりあえない存在を見ていたのだ。近江にとってコナタや周りの人間は彼女が喉から手が出るように欲したものを当たり前のように持っていたのだ。


「私は美味しいなんて思えない。皆が食べようとする私を止めるんです。死んでしまうんだから当たり前ですよね。でも、私にとってそれがどんなに酷いことだったか。味のしない薬を飲んでいる中、楽しそうに皆が食べている姿が目に入ったり、良い匂いを嗅いでしまう。食べ物の名前を聞くことでさえどれほど嫌だったか」


 近江は食べられないから、興味がないというわけではない。寧ろ、食事というものに大きな関心を持っていた。

 しかし、普通の人間のように口にすることは叶うことがない。そんな苦労が生きている間は永遠に続くのだ。


「もう、終わりにしたかった」


 15年で限界だった。

 自分の人生を放り投げる決心がついてしまったのである。


 そんな彼女の思いに対し、


「フッ」


 コナタは思わず笑ってしまった。


 美しい近江の顔が般若となって睨みつける。


「何が可笑しいんですか?」


 自分の辛さを嘲笑されたと思っただ。許されことではなく、声には怒気が含む。


 しかし、コナタは平然として、反論する。


「勘違いさせてすいませんでした。近江さんのアレルギーを笑ったわけではないんです。ただ、やっぱり食事ができないのは辛いって言ってくれたことが嬉しかったんです」

「どういう、意味ですか?」

「正直、遠目で見て近江さんは何不自由なさそうでした。食事なんかできなくても気にしていないようで、食べるのが大好きな私からしてみれば理解できないだろうなと勝手に思っていたんです。そんな近江さんから、同じような状況に立たされたら私が言いそうな言葉が出てきて嬉しくて」


 食べるということが近江を見ているとコナタは大事でないように思えた。現代では食べられなくても人生を謳歌している人がいて、残念な気持ちになった。


 しかし、実際は死んでも良いと思うまでに近江を悩ませていたのである。


「そうですかっ!」


 無論、そんなコナタの態度は近江からしてみればデリカシーの欠片もなかった。手を振り払い、平手打ちを食らわせてやろうと思うぐらいには。


 コナタは近江の平手を躱す。そして、彼女にある提案をした。


「あの、近江さん。もしよろしければ私に罪滅ぼしをさせてくれませんか?」

「ええ、してください。避けずに当たってもらっていいでしょう、かっ!」


 怒りが収まらず再び平手打ちが来る。

 殺気すら籠っているのでその痛みは凄まじいものである。それで満足したのか一方的に帰ろうとする近江をコナタはある一言で引き留めた。


「おにぎりなら食べさせてあげますよ。死なない方法で」

 

 大きな躍動が一瞬で静止する。近江の願いを実現できるとコナタは言ってのけたのだ。彼女も嘘だと思った。それでも、自殺までして体感したかったものを味わえると言われて心が動じないはずがなかった。


 半回転してコナタを向き、飢えた視線で問いかける。


「本当に?」

「はい。ただ、私の家に来ていただく必要がありますが」


 自分の家に誘うなんて怪しいことこの上ない。詐欺の類の常套句である。近江も疑わないほど愚かではないのだ。

 

「何で家に行く必要が?」

「料理を味わうにはゲーム機がない場所じゃないといけないんです」

「ゲーム、機?」

「はい、何たってVR空間で再現した料理ですから」


 質問責めにして嘘を見破ろうとした近江であったが、コナタの返答に頭が混乱してしまう。


 目の前にいるクラスメイトは何を言っているのだ。VRで料理を堪能できるとはどんな意味なのか。

 想像するのは、アニメのようにフルダイブのVRゲーム機で少しだけ出てくるような食事シーンだ。まるで現実の料理のようにアニメのキャラが美味しそうに食べる場面。そんなことが可能なのか。


 30年前からのアニメにはそんなシーンがあり、現実でもフルダイブVRゲームは確かに実現している。しかし、食事に関しては再現しきれていない。


 目の前にいる少年が実現しているとは思えなかった。


「そうですか。因みに使うゲーム機は何なんですか?」

「ST1です。ディスクを入れて再現した料理を出します」

「なら、最新機のST2でも可能ですね」

「はい。ディスクさえあれば。ST2もST1のディスクを使えましたし」

「なら、私がST2を用意しますから、山県さんはディスクを用意してください」

「はい、わかりました」


 忽然と語るコナタに近江もやる気になった。

 どんなに追いつめようとしても、コナタは全く動揺していない。嬉々としてこちらの提案を受諾してくるのだ。


 死ぬことさえ考えた話題でここまで嘘をつかれては一回懲らしめなければ気が済まない。


「明日休みでしたよね。部活とかはありますか?」

「ありますよ。まあ、私の部活は休んでも大丈夫だと思いますけど」

「なら、明日は申し訳ありませんが休んでください」

「明日じゃなくても今すぐでもいいですよ」


 慌てさせるために明日を選んだ近江だが、コナタは今すぐにと反論する。


 ここまで来ると、疑念よりも恐怖を感じてしまった。しかし、ここで引き下がるわけにも行かず、


「では、電話番号かLEHNのIDを教えてください。それで、当日待ち合わせ場所を連絡しますから」

「わかりました」

「それじゃあ、明日は楽しみにしています」

「はい。必ず、期待に応えてみせます」


 化けの皮が剥がれずに別れ、近江は随分と後味の悪い一日となった。

 しかしながら、もう死のうとは思わない。ここまで大法螺をふくコナタの真実を確かめるまでは死にきれなかった。


 加えて、ほんの少しだがコナタが自分の望みを叶えてくれるかもしれないと期待していたのである。


 そして、当のコナタはと言えば、


「ああ、喜んでくれるといいな」


 近江がVR料理を体感した時の嬉しそうな顔を想像していたのであった。


 近江から見て不気味な態度は全て善意から出た態度だった。子どもの頃に考えていたVR料理が本当の意味で活躍でき、人を感動させられるだろうと考えていたのである。

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