新生味覚開発部門
ヴイスという会社にコナタは少なからず抵抗感のようなものを持っていた。VR料理を旧味覚部門に盗まれそうになり、他にもいろいろな理由からどうしてもこの会社大丈夫なのかと考えてしまう。
日本を代表する企業の一つであり、日本人で知らない人はほとんどいないであろうというくらい質と規模ともに素晴らしいのだが、単純に関わったことで良い印象を持つものがなかった。
「大丈夫だって。今回は流石に盗まれないから」
新味覚開発部門と初めて出会う前の移動中、近江がコナタの不安をぬぐい去ろうとする。コナタ自身も二度あんなことはないと確信を持っていたが、どうしても心の不安というものは解消されないのだ。
「俺もそう思うよ」
「まあ、あんなことあって呑気に来られるような人はいないだろうけどさ」
「違いない」
思い詰めても仕方がないのでコナタは話題を変えることにした。その内容もまた自分にとって大事なことであるからだ。
「この話は置いておいて、これから味覚開発はどうなっていくんだろうな。昔は窓際部署だったわけだし、環境は改善されるのか」
旧味覚開発部門の人間がVR料理を盗もうとしていた理由は結果を出して自分たちの希望の場所に復帰したかったのだろうとコナタは思っていた。
それほどまでに味覚開発部門の価値はゲームにおいて重要なものではない。その上、味覚における開発も0から手探りでしなければいけない。作ったものも到底出すことが出来ず、他部署の人間に自分たちの成果を笑われでもしたら意欲など湧くわけがないだろう。これらはすべてコナタの妄想の域を出ないがありえないわけではない。
最も、コナタが来たことで手探りに味覚開発をすることはなくなる。VR料理を作る手法を教えるだけで幾分か簡単にはなるだろう。
「そこは安心して。私もしっかりと父さんに言っておいたから。それに松坂さんも新生味覚部門には関わっているみたいだし大丈夫だよ」
「……そこまで言うなら信じるよ。心配しても仕方ないし」
近江も前回のことがあるからかすぐに弁解してきた。彼女なりにも責任を感じていたのだろう。また、仁志や松坂も関わってくれていることがわかり、これ以上不安でいるのは失礼だなと考える。
気持ちも切り替えて、コナタはようやく新味覚部門が待つ部屋へと入った。
「失礼します」
挨拶をして入ってメンバーを見て持った第一印象は彼らの若さだった。当然、旧味覚部門のメンバーは続投していないが、彼らと比べて若々しさがある。見た所20代ぐらいの社員が多いらしい。
唯一、例外として一人40代ぐらいの男性社員がいたのだが、彼にコナタは見覚えがあった。
「おこしいただきありがとうございます。山県さん」
「敬語はやめてください。最初のように砕けた口調で大丈夫ですよ。他の皆さんもね」
近江に初めてVR料理を食べさせた日。その時に一緒にいた社員が迎え入れてくれた。しかし、名前を言おうと思ったが、記憶にないので口を噤んでしまう。
恥ずかしく思っていたが、彼は笑顔で名乗ってくれた。
「わかった。後、前回は色々あって自己紹介を忘れていたからね。今回はさせてもらうよ。立田哲だ。新味覚模問のディレクターを担当する」
握手を求めるように立田は手を差し出し、コナタもそれに応えて握手をする。そこから
その場にいた新しいメンバーの自己紹介が始まった。
「淡路柳太です。プログラミングを担当します」
「石垣成光です。担当はデザイナーになります」
「プランナーを担当します。宗谷泉です」
「それでここにはいないが、松坂さんがプロデューサーとして味覚開発部門は新しく進んでいくつもりだ。よろしく頼む」
一通りの挨拶を済ませたわけだが、コナタは頭を傾げてしまった。
というのも、コナタには名前以外にスタッフたちが言った仕事の役割がわからなかったのである。名前から何となく想像できるが具体的な内容を想像することが出来ない。
そんな反応をするので立田はコナタに申し訳なさそうな顔をして、深々と頭を下げた。
「大変申し訳ないが、これが今集められる限界になってしまっている。不満もあるだろうがどうか力添えをしてほしい」
「は、はあ」
誤解されたようでコナタはますます困惑を極める結果になってしまった。
それを察したのは近江であり、コナタに問いかける。
「ねえ、山県君。君は何が不満なの?」
「不満じゃない」
「じゃあその納得いかない顔は何?」
「申し訳ないけど、ゲーム製作で役割の意味が分からないんだ。嫌味とかじゃない。恥ずかしいけど本当にそうなんだ」
コナタはゲーム製作の知識に疎い。ゲームを作る技術は持っているが、集団でゲーム製作する時の想像が全くできなかった。
それを聞いて、スタッフたちは顔を見合わせて不思議そうにした。代わりに近江が状況を素人であるコナタにも詳しく教えてくれる。
「山県君。まず、会社規模なら一人でゲームは作らないことはわかるよね」
「まあ、そこは」
「だから、それぞれの役割を分担させておくの。ディレクターは現場指揮。プランナーはシステムの立案。プランナーが考えた仕組みをプログラマーが形作って、デザイナーがゲームのあらゆるデザインを作っていく」
「そう、なんだ」
役割分担した方が効率は良いのだろう。コナタは半ば無理やり自分を納得させた。
近江は続けて、立田が謝ったわけを解決する。
「それで味覚開発部門の人間は5人。ゲームを作るというのならこれは最小単位と言ってもいいのよ。だから、10万ダウンロードもしたゲームを作った山県君の境遇としては不相応なのよ」
「普通ゲームって大手だと1000万ダウンロードとかで大ヒットって言うよな。ヒットしたっていうなら10万ダウンロードぐらいで俺の何て別に大したことないんじゃないか。別に不相応と言う訳でもないだろ」
素直に口にしたコナタの発言に部屋の全員が戦慄してしまった。コナタはゲーム業界に関しては一般人と同じレベルである。こんな人間がヴイスのゲーム部門の入社試験を受けようとしたのならすぐに落選するだろう。
しかし、彼には実績があった。そして、ゲーム自体もVR料理はもちろんのこと、ゲームの仕組みとしても成立するだけの製作技術があるのだ。
知識の範囲の歪さに君の悪さを感じてしまう。
「1000万ダウンロードってソーシャルゲームの話でしょ。でも、コンシューマーゲーム。つまり、ゲーム機を使うゲームは10万ダウンロードでも十分ヒット作と言えるわ。それに、ソーシャルゲームでもゲームがヒットしたっていう基準はそれぞれ。その基準のほとんどが山県君の想像よりずっと敷居は低い。確かにゲームのことは知らなくたっていいとは私も行ったけど流石に知らな過ぎよ」
「……マジか」
コナタは自分の常識があまりにも世間知らずだったことに恥ずかしくなった。基本的なことを知らない自分にスタッフたちは酷く失望したことだろう。
そう思ったコナタだったのだが、
「でも、志が高いのはいいことですよね。変に知識を得て満足する人もいます。でも、一般の人からしてみればやっぱり1000万は売れないと認知もされない」
「そうそう。業界としては売れたと自慢しても友達からがっかりされるのあるあるなんですよね」
「1000万売れて一人前。そう思える人が一緒なら私たちもやる気があがるというものです」
スタッフの淡路と宗谷はコナタの非常識さを肯定的に捉えた。彼らも若い世代の人間であり、若者特有の若さがある。夢を追い求める時期の人間だった。無難に成功して食っていくためにこの仕事を選んだのではない。
誰もが知っているゲームに携わるためにここにいるのだ。
「改めてよろしくお願いします、山県さん。一緒にこの業界を盛り上げていきましょう」
「学ばせていただきます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人の言葉にコナタは救われたと同時に気を引き締めた。以前のスタッフたちとは違い、目の前にいるスタッフたちは直向きでやる気に満ちている。先日に出会い、夢半ばに折れてしまった元味覚開発部門と正反対だった。
彼らの期待に応えられるように頑張っていかなくてはいけないだろう。しかし、不安はない。
コナタにはこれまでVR料理で試していなかったこともある。それを大企業がサポートして発展できるのだ。これまで一人だけで頑張ってきたコナタからすれば素晴らしい環境と断言する他ない。
しかし、ある一人の一言によって部屋の雰囲気は大きく変わってしまう。
「話に割って入って申し訳ありませんがよろしいでしょうか、山県さん」
「はい、何でしょうか」
「私もVR料理を世に出すことは賛成です。しかし、その出所をはっきりさせたい」
「出所、ですか?」
石垣の言葉にコナタは話の概要を掴めなかった。VR料理の出所と言われてもコナタが作ったものなのだからそう言うしかない。
大きな勘違いをしていない限りは。
「そのVR料理の技術。もしかして、あの呪いのゲームソフト『ウォーネット』の食事アイテムを流用しているのではありませんか?」
呪いのゲームソフトと言うものはオカルトである話題だが、石垣が口にしたソフトは冗談抜きで一大事件を起こした。
VRゲーム機スペンド・タイム――現在ではST1と呼ばれることが多い――で発売されたそれはゲーム空間で二つの陣営に分かれて殺し合いをさせるというものだった。ウォーネットで死ねば現実世界である信号によりST1は爆発する。物語に出てくるようなデスゲームであり、42か月で9000人の死亡者が出た。
ゲーム業界におけるタブーであったが、同時に技術の宝箱でもある。起きてしまった事件の黒幕であり、当時ウォーネットを主導していた蘇雲六三は天才であり、これまでないようなシステムがウォーネットには搭載されていたとされている。
その一つにコナタのVR料理があると石垣は考えていた。




