食べられないなんて人生損している
「食べられないなんて人生損しているな」
小学校にも通っていない頃、コナタがテレビを見ていた時に口にした言葉だった。
アレルギーについての話題で、コナタにはこれまで縁がなかったことである。何でもアレルギーがあると日常生活でできないことがあるらしい。
取り分け、コナタが興味を持ったのは食べ物アレルギーについてだった。コナタは元来の健啖家で食事に関して並々ならぬこだわりを持つ。
テレビで紹介されたような牛肉アレルギーや魚アレルギーだったらと背筋が凍った。そして、一緒にテレビを見ていた両親は更にコナタの恐怖を煽る。
「そうだな。もし、コナタがアレルギーあったら大変なことになっていたな。特に卵アレルギー何てなってたら最悪だ」
「何で?」
「コナタの好きなプリンやケーキの材料に卵が使われているからね。食べられなくなっちゃうよ」
「そんな⁉」
両親に言われたことで知識も増えたが、コナタはそんなことよりもアレルギーになっていた自分を想像して体が震えてしまう。
これまで大好きだったものが目の前にあるのに口にすることが出来ない。それは地獄にいるのと同義であった。
アレルギーという言葉に対して、途轍もない拒絶感を持ったコナタは両親に質問する。
「ねえ、アレルギーってうつるの?」
「うつらないぞ」
「本当に?」
「ええ。だから、アレルギーの子がいてもいじめちゃだめよ」
「うん」
これまで笑いながら話していた母親が急に真顔になって諭してきたので、コナタは幼子ながら言いつけを守ろうと思った。
そして、コナタは食物アレルギーを持つ子どもについて考える。彼らへ向けたのは可哀そうだという感情だった。
皆が美味しいと思うものを食べられず、じっと眺めることしかできないのは我慢できるものではない。普通の人間が得られる幸福を永遠に感じることが出来ないのは死ぬほど辛いだろう。
「ねえ、アレルギーの人が食べられないものを食べることが出来るにはどうしたらいいのかな?」
何となく、助けてあげたいと思ったコナタは両親に質問する。彼らは少し考えて口を開いた。
「アレルギーのない食材を使った料理を食べるとかだな。最近はパンなら小麦粉を使わずに米粉パンとかあるし」
「それって普通のパンと同じ味なの?」
「同じでは、ないかも」
「なら、同じ味にするにはどうしたら良い?」
子どもの純粋な問いかけに父親は黙ってしまった。可愛い息子の無垢な思考に生半可な答えをすることが出来なかったのである。
窮する父親を見て、母親が助け舟を出す。
「父さん、そんな子たちのためになるかもしれないことを私たちは仕事でするかもしれないじゃない」
「ええと。ああ、VR空間の味覚機能か」
「何それ?」
両親が行っている仕事に、コナタは目を輝かせた。
「お父さんとお母さんはね、VR空間で食事ができるようにする仕事を研究するかもしれないの」
「そうなんだ。料理人になるんだね」
「そうよ。それができれば、アレルギーの子どもだって何も気にせず食事を楽しめる。しかも、コナタにだっていいことがあるわよ」
「なになに?」
「いっぱい食べても太らないの。それに、現実ではありえないぐらいいっぱい食べられるのよ」
「本当! すごいな!!」
太らないというのにはそこまで惹かれることはなかったが、いっぱい食べられるという言葉には心が躍る。
我慢しなさいと言われることなく、好きなものを食べられるなんて楽園そのものだ。
コナタの夢はこの一言で簡単に決まった。
「僕も父さんや母さんみたいな料理人になる。それで、作った料理を自分で食べるんだ」
「それはいい。頑張りなさい」
「ねえ、どうやったらその料理人になれるの?」
「その為にはプログラミングが必要ね。休みの日にとか教えてあげましょうか」
「うん!!」
VR空間の味覚機能の実現には様々な可能性が秘められていたが、わけあって道半ばで完成することはなくなってしまった。
そんな両親の背中を、10年経って再び追い続けることになるとは、コナタも思ってはいなかったのだ。