身体
その日、いつものように姉は起きてこなかった。
だから私はいつものように起こしに部屋へ行ったのだ。
部屋を明るくしても、いくら体を揺すっても起きない。
困り果てた末に両親を部屋に引っ張って起こしてもらおうとするも、やはり姉は全く起きなかった。
どうしたものかと全員で悩んだが、ただ寝ているだけのようだし様子を見るかと解散する。
今日が休日でよかった、とは母が零したのだったか。
その日、姉は起きるどころか寝返りひとつ打つことなく眠り続けていた。
翌日になって流石におかしいと思った両親が救急車を呼び、様々な検査をしてもらうことになった。
検査を終えて分かったことは、姉はただ眠っているだけということ。起きて活動していないことを除けば健康体そのものだそうだ。
眠り続けている理由は分からなかった。
姉を家に連れ帰っても日をまたごうとも、姉は目を覚まさなかった。
お風呂に入れないのは可哀想だと蒸しタオルで体を拭いた。
食事は難しかったが、水は口を湿らせる程度に含ませることにした。
私の声が出なくなっただけでなく、姉が眠り続けるという異常事態に両親は不気味がって家に帰ってこない日が増えている。
母と2人で分担していた姉の世話はいつの間にか1人でするようになっていた。
声が出なくても学校に通い続けた。姉を家に1人残すのは不安だし、学校も苦痛の時間だったから行きたくはなかった。
ただただ姉のために頑張り続けた。
両親が頼れない今、私が姉を養うしかないと思った。
私は眠り続ける姉に、心の中で語りかけることが増えていった。
返答はもちろんないが、傍から見たら私も静かに座っているだけだ。
健常者との会話のように声が出ないことに煩わされることもなく心穏やかに過ごせる。
1日中、姉の部屋で過ごす日もあった。
時々どうしようもなく辛くて泣いてしまう日もあった。声が出なくても嗚咽は漏れるのかと他人事のように感じながら。
いつしか私は大人になっていた。
姉の体は眠った日のままだ。まともに食事をしていないのに健康も若さも保っていた。
姉がどういう状態なのか、目を覚ます方法はないのかを調べるために医学の道へ進んだ。医者になるのではなく研究者として。
両親とは疎遠になっていたが進学させてくれたことには感謝している。
姉の症状を解明すべく入った研究室で男性の先輩と共同研究することになった。
先輩は姉の状態を憂い、協力を申し出てくれたのだ。
2人で様々な病気の症例を研究した。
完治が困難とされていた病気の治療法を発見して功績を認められたこともあるが、ついぞ姉を目覚めさせる方法は分からなかった。
今、先輩は伴侶として一緒に暮らしている。
家には私と先輩と姉の3人。
解明を諦めた訳ではないが、この皺の多い震える手ではもう研究は難しい。
協力してくれている後輩や私たちの子どもに託すしかなさそうだ。
いつか姉が目覚めることを願って。出来ればその日に立ち会いたいというのが本音だが。
姉は時間が止まったように若々しい姿で眠り続けている。
これにて完結です
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