返答
おまたせしてました!
今回、全然ホラーじゃないです。すみません。
妹に声を返せと騒ぐ『僕』をお茶とお菓子で宥めたあまね様はふらりとどこかへ行ってしまった。
そんなに広い庭には見えないのにどこかへ向かう後ろ姿を追い切れないのは何故だろう。
四阿のベンチで呆けていたら件の狐が話しかけてくる。
「あんた妹が大事なのね。仲よかったの?」
「普通、だったよ。特別仲がいいわけでも悪いわけでもない。」
「そう。声を欲しがったのはあたしなの。悪いことしたわね。」
聞けば狐はあまね様の意を汲んでお使いをする役割があるらしい。
これまでの働きが認められ、これからに期待され、褒美のように声を与えられたという。
「あまね様は多くを語らないから、気になったことは質問するのがいいと思うわ。そのためにも声がほしかったの…」
「そうだったんだ…」
しゅんと項垂れている狐にあまり強くは言えなかった。
「でも謝らないからね!私に必要なんだもの!声!」
「ふふっ」
「何笑ってんのよー!」
この狐とは仲良くやっていけそうだ。
少しだけ、ここで過ごすことへの不安が減った気がする。
「癪だけど、あまね様にはあんたが必要なのよ。」
心底悔しそうなつぶやきに答えは持っていない。
誰かに必要としてもらえる。
それは今まであまり経験したことがない。
だからだろうか。「あんたが必要」という言葉は自分が思うよりも欲していた言葉だったようだ。
そしてそれはここにいたいと思う理由になる。
「どうして僕なのか知ってる…?」
ずっと気になっていたことだ。
初対面のはずなのになぜあまね様は恩だの惚れただの言ってるんだろうか。
「それは私が答えよう。」
いつの間にか戻ってきていたあまね様に驚いたが、話の内容はそれ以上に驚いた。
「いつかの夏、お前が手を合わせたことで私の消えゆく運命は変わったのだ。願いを伴わない純粋な祈りに助けられた。その祈りを捧げられる者ならば私を生かし、そして強めてくれるだろうと」
黒い瞳に正面から覗き込まれ息ができないほど気圧される。
「ここで不自由なく、私のことだけを想って過ごしてほしい。」
それはあまりに切ない響きで。
「…はい。」
是とする返事が口から出ていた。
「あんた悩んでたんじゃないの? 本当にいいの?」
驚いたように狐が問いかけてくる。
「確かにもう家族に会えないというのは悲しいですけど、僕はここにいられることが幸せだと思うのです。ここにいて得られる充足感は、元の世界に戻っても得られないものだから…」
そう、そうだ。
今不思議な程に満たされている。
幸福感というほどの高揚はないが。
それで充分だ。
ここには苦痛はないという。
ならばこの充足感の中で生きていく方がずっといい。
「ここに居てくれるか。」
「はい、ここにいます。」
そうして契を交わした『僕』は人知れず、本人も知らぬところで人生の幕の閉じた。