声
もう帰れない。
そう告げられた『僕』は気持ちにどう折り合いをつけようか、悩んでいた。
元の生活が嫌なわけではない。家族仲が悪いわけではない。学校では少し浮いてるし友達いないけど…。
進学したら家を離れるつもりでいた。
それが早まると思えばそこまで苦ではない。
家族にもう二度と会えないことを除けば。
あまね様は『僕』を待っていたという。
その人の側にいて悪いようにされることはないはずだ。
夕日の沈まぬ街に行った原因もあまね様だったけど…。
花を見るふりをしながら悩んでいると、花の間からひょっこりと狐が顔を出した。
「何を悩んでるか知らないけど時間の無駄。もう帰る術はないんだから、さっさとあまね様に全てを捧げなさい。」
しゃべる狐にぎょっとして尻もちをついてしまった。
狐は構うことなくさらに言い募る。
「いい? あんたがいないとあまね様は消えてしまうの。そうなったら困るでしょ!」
背筋が凍る。話の内容よりもその声だ。
この声は妹のものだったはずだから。
それに公園で会った黒いナニカも妹の声で話した。あれもこの狐だったのだろうか。
敵ではなさそうだが、味方という訳でもないようだ。
「あまね様!」
「騒々しいな」
言葉とは裏腹に嬉しそうに頬が緩んでいるあまね様に詰め寄った。
「なんであの狐は妹の声で喋ってるんですか!? 妹の声が出なくなったのはあの狐のせいですか?」
「あの狐は今日からお前の身の回りの世話をする。会話ができないのは不便だろうから私が声を与えた。妹の声ならば慣れない場所でも少しはお前の気を和らげてくれるだろう。」
「僕の…ため…?」
妹の声が出なくなったのはやっぱり僕のせいだったのだ。
耐えられなくなり両の掌で顔を覆う。
「妹の声を奪ってまで…それに妹は…。元に…元に戻して! 妹は困ってるんです。声を返してあげてください。」
「お前の妹のことなど私には関係ない。お前のことを思えば声を返すなどできん。」
あくまで僕のため。
「僕はそんなこと望んでません。」
「これは必要なことだ。こんなことでお前に受けた恩を返すなどできもしないが…」
「恩…?」
あまね様に恩を売ったことなどない。
きっと何かの勘違いだから妹に声を返してほしい。
どれだけ頼み込んでも声は妹に返さないという。
『僕』は説得を諦めてしまった。
狐と会話ができた方がいいのは確かだから。
これから先ずっと狐の声を聞く度に妹を思い出し、罪悪感と寂寥感に苛まれるのだろう。
それが『僕』にできる唯一の償いだ。