社
社を見つけた。小さな扉の前にしゃがみ込み手を伸ばす。
扉を開くと小さな鏡が置いてあった。
何の気なしに鏡を覗き込むと自分の後ろに黒い何かがいた。
焦って振り返るも、そこにはもう何もいない。
きっと公園で見たものだ。
キョロキョロと周りを見回し、念のため頭上も確認したが何もいない。
駐車場には『僕』ひとりきりだ。
不思議に思いながらも再び鏡に向き直る。
そこにはもう何も映っていなかった。
そう。何も映っていないのだ。
「あれ…?なんで…?」
絶対に普通じゃない、これ以上この鏡を見ていたくないと社の扉を閉じようとしたとき、鏡の中で何かが動いた。
思わず手を止めて見つめる。そして鏡の中に現れた姿に見とれてしまった。
それは美しいという言葉が似合う男性だった。
今まで見た誰よりも、芸能人よりも美しい男性。
いつの間にか鏡の向こうからこちらを凝視している。
その黒い瞳から目が離せなくなっていた。
ふっと男性の口元が緩む。
と顔が消えた。
今のは何だったのか。
呆然としていると腕を掴まれた。鏡の中から手が伸びている。
「ひっ…!」
逃げようともがくが、腕を掴む力は強い。
じたばたしていたが為す術なく、腕に引っ張られる。
「うわぁぁぁぁ」
鏡にぶつかる…!と目を閉じた。
ふわっと浮かぶような感覚があり、体が落ちた。
地面に落ちることを覚悟したが、優しく受け止められる。
目を開くと男性が至近距離で気遣わしげにこちらを見ている。
鏡に映っていた人だ。
意外とガッシリとした体格のようで、受け止められた体が包まれるような安心感を覚えた。
「大丈夫か?」
「あっ、はい、大丈夫です。」
慌てて男性から離れると足元に狐がいることに気がついた。
ただの狐なのに、こちらを伺うような視線にどぎまぎしてしまう。
いや、こんな場所にいるということは普通の狐ではないか。
周囲を見回すと花々が咲き乱れる美しい庭が目に入った。
社のあった駐車場ではないようだ。
ここはどこだろう。
視線を移すと、桜の花吹雪の中佇む男性が見えた。
紺色の着物がとてもよく似合っている。
ふいに涙が込み上げた。
助かったのだ。よくわからない空間からこの人が助けてくれた。
きっとここがいつも目指していた場所だ。
根拠はないがそう確信できた。
両手で目元を抑え、静かに涙する『僕』を見ていた男性が声をかける。
「待っていたぞ。愛しい子よ。」
その言葉に『僕』は安堵した。
どうやら確信は正しかったらしい。