始まり
ベッドに横たわると大きく深呼吸をする。部屋と同じように体にも換気が必要らしい。
深く息を吸い、体中の空気を出し切るつもりで息を吐く。自然と体の力が抜けていった。
とぷんと水中にいるような浮遊感を覚える。
同時に手足の感覚が体の中心に集まるような不思議な感覚に襲われた。
まずは足。指先から足首、脛、膝と徐々に上ってくる。
太腿、股関節、腹。
ここまで来ると次は手に移った。
指先、手首、肘、肩鎖骨辺りで止まる。
手も足もあるのは分かる。でもまるで動かせない。ただ重みを感じるのみだ。
胴体に集まった手足の感覚は鳩尾辺りで丸くなり、ぐるぐるとゆっくり回転するように球体を作る。
その球体が体を離れるような感覚があった。
目を開くとそこは夕焼けに赤く染まる路地だ。
寒くも暑くもないが風もないので空気が重たい気がする。
丁字路の中央に立っていた。
前には道、後ろにはブロック塀。
右側の道は終わりが見えないほど長く真っ直ぐ続いている。
左側の道は200メートルほど先で行き止まりになっている。
正面の道は夕日に照らされて先が見えないほど眩しい。
「ここは…」
声が出せた。そういえば、と体を確かめる。
見下ろせば紺色の半ズボンのジャージとデニムのスニーカーを履いた足が見えた。
顔は確かめようがないが恐らく大丈夫だろう。少なくとも違和感はない。
五体満足のようだ。
眩しさに目を細めながら正面の道を進んでいく。
少し歩くと、右手には何の変哲もない一軒家、左手に木造二階建ての古いアパートが見えてきた。
1階の一番手前の部屋のドアが少し開いている。
少し躊躇するがドアを大きく開くと暗い室内が目に入った。
玄関から続く廊下の奥に部屋があり、その中央には炬燵が置かれている。
「なにか置いてある…?」
呟きに返事をするようにカサッと紙が擦れる音がした。
炬燵に置いてあったのは二つ折りにされた紙だった。
鉛筆で走り書いたような文字がある。
『公園』
「ここに来るまでには公園はなかったな…。」
一先ずアパートの部屋を出る。
アパートの隣は砂利が敷かれた空き地だ。どう見ても公園ではない。
道を挟んだ向かい側は家が立ち並んでいる。
住宅街だというのなら近くに公園があるだろうか?
夕日に向かって来た道を先に進むことにした。