6 邂逅 6
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
彼女の前に現れた、最強の霊能者を自負するノブは、達人級のカラテで魔王軍を退けた。
その彼が、燃える村の中で魔法を使ってみせる――
ノブの傍らが揺らめいた。
(陽炎?)
レイシェルが見ていると、揺らめきに合わせて映る景色もたわみ、波打つ。
その歪んだ景色の中、村の中には無い何かも映っている事に気づいた。
そしてその何かは、揺らめきの中から乗り出し、外に出てきた……!
一応、人間型の生き物には見える。
その頭部は大きな灰色の球体で、目や鼻や口など全く無かったが。
頭部からは無数の紐がクラゲの触手のように垂れ下がり、波打っている。
首から下は、胴体も手足も、無数の紐が捩り合わさってできたかのようだった。
レイシェルも魔王軍と戦ってきたし、魔物を幾種類も目にしてきた。
だがこんな魔物は見た事が無い。
「なんですの、これは……」
キヒヒヒ、と妖精のジルコニアが笑う。
「霊能者は魔法使い職の中でも少数派だ。それが使う召喚魔法で出る魔物なんか、見た事なくても不思議はないね」
揺らめきの中から同じ魔物がさらに出てくる。
ジルコニアはそれを楽しげに見下ろして言った。
「こいつらはミラーモンスター。物質界とアストラル界の狭間、人が夢か狂気で覗き見るだけの『鏡面界』で蠢く連中さ。霊能者が使う超能力呪文【サモンイリュージョン】はこいつらを呼び出し、使役するわけ」
炎に照らされる揺らめきから、同じ怪物が一体、また一体と出る。
「やれ、ウィアードども」
ノブが魔物達に命じた。何を、と細かい事は言わない。命令の大半は召喚者・ノブからの精神波によって魔物達に伝わるのだ。
ウィアード達の頭に穴があいた。細かい穴がいくつも、蓮の実のように。その穴から甲高い悲鳴のような音が響き、風が噴き出る。風の中には無数の煌めきが瞬いていた。
その風に吹かれ、たちまち火が消えていく。風は火を煽る事などなかった。火の勢いが弱かった箇所などは、霜が降りて凍てついてさえいるではないか。
超低温の水滴――それはまともな「水」などではないのだが――を大量に含む、凍気の風。魔物の能力としては『氷のブレス』に分類される魔力であった。
ノブは燃える家屋の間を歩く。
それについていく魔物、ウィアード達。それらの噴き出す氷の風が、次々と火災を消していった。
鎮火まではあっという間……すぐに火事は収まる。
村を一周したノブがレイシェルの前に戻ってきた時、引き連れていた魔物達は全て消えていた。
まるで霧か霞か、それこそ幻だったかのように。
ノブは確かに魔法使いにして超能力者、一流の霊能者だったのだ。
――火事が収まった後――
「「「「ありがとうごぜぇます! ありがとうごぜぇます!」」」」
感謝とお礼の大合唱。村人達は皆でレイシェルに頭を下げた。
「ごめんなさいね。ほとんど彼のおかげのような物だから、何らかの報酬を支払わなければいけないのですけど……」
レイシェルは気まずそうに横目で「彼」……ノブを見た。
ノブは腕組みして呟く。
「まぁ僕の方が倒した敵は多いな」
「目指せエースボーナスってか」
ジルコニアが笑うのと対照的に、村人の顔は険しくなった。
実はガデア魔法騎士団にならば村から報酬を支払わなくて済む可能性が高いのだ。普段から収めている税で国民を守る、それが基本の関係ゆえ。とはいえタダで動くとなれば些細な事でも出動を要請する者がでるので、出動するかどうか、無償か否か、決断するのはあくまで騎士団だが。
だがケイオス・ウォリアーまで出た魔王軍の襲撃となれば、大概は報酬を免除してもらえた。
しかしそれも冒険者や傭兵相手となれば、話は全然違う。
彼らは当然、有償でしか働かない。そして働きが大きければそれに見合う報酬が必要だ。
ノブはさらに呟く。
「消火も僕が一番貢献しただろうな」
村人の顔がさらに険しくなった。
確かに戦闘はおろか消火活動でも、彼の独壇場のような物だった。
となると報酬はどうなるか。
相当に高くつく事は村人達にも容易に想像できた。
「という事で頼もうか。これだけの金額を支払ってくれ。嵩張らないよう、宝石か貴金属でな」
ノブは羊皮紙にさらさらと金額を書くとそれを手渡す。
金額を見た村人達は……皆、暗く苦い顔になった。それは年老いた村長にしても同じ事だ。
「は、払えなくはありませんが……」
襲撃と火災からの立て直しも考えれば、村の蓄えは底を尽きかねない額だった。
設定解説
・エースボーナス
ケイオス・ウォリアーの操縦に関わる個人能力の一つ。
多くの敵と戦ううちに、当然、戦闘のコツを飲み込んでいく事になる。
強敵との闘いは密度の濃い経験となり、一度で飛躍的に技術を向上させうるが、多くの敵を相手にした場数はまた違う角度から腕前を鍛える。
それをこの世界の魔法で視認できるよう表現したのが『エースボーナス』であり、多くの敵(50~60機)を撃破する事で開眼する。
個人個人によって得意な戦い方は違うので、この能力は膨大な種類があり、数十人の人員を抱える部隊でもほとんど重複する事は無い。各人の個性が最も出る能力の一つとなっている。