5 邂逅 5
たった一騎で敵を全滅させたノブ。
だが彼の力はこれだけではない。
『さて、敵はいなくなったが……落ち着いて話をするにはあまり相応しくない状況だな』
シャドゥが周囲を見渡し、中のノブが呟く。
「なら消火活動を手伝っていただけません? 貴方の話はその後で聞きますわ」
レイシェルは彼に頼んでみた。
『いいだろう。火と煙に巻かれながら話はし辛い』
ノブはあっさり受諾してくれた。
そしてシャドゥの腹部にあるハッチが開く。
(機体を降りますの? 乗っていた方が消火活動はし易いのでは……)
放水機能を持つケイオス・ウォリアーなどごく一部にわずかしかないが、燃える家屋の撤去なら大概の機体にはできる。それもわからないとは思えないのだが……。
レイシェルの疑問を他所に、ハッチの奥――操縦席からノブが姿を見せた。
予想通り、ノブは二十に満たない、レイシェルと同じぐらいの歳の青年だった。
ショートの黒髪にメガネをかけた、僅かに幼さの残る顔立ちながらも落ち着いた雰囲気の青年である。
なるほど、魔法使い職に就いていると言われれば納得だ。白いマントを羽織っているが、遠目にはローブのようにも見える。
だがその服装は黒い胴着……修行僧か忍者のようである。霊能者が人里から離れた所で修行の日々を送る事は聞いていたが、武闘家クラスのような服装をしているとは……?
彼はメガネをくいくいと指先でいじり、位置をなおしていた。
そんなノブの肩を越えて、小さな生き物が羽ばたき、外に出てきた。
翅の生えた小さな女の子である。
妖精だ。
妖精族にはケイオス・ウォリアーとの魔術的な相性がよく、操縦者の能力を増幅できる者がたまに現れた。
ノブもそんな妖精の一人を同乗させていたのだ。
レイシェルは見た。
黒と白のゴシック・ロリータ調のドレスを纏った妖精の少女を。
短いボブカットで、前髪が両目まで隠していた。丸みのある幼そうな顔立ちではあるが、その容貌の半分は隠されている。
その髪は白髪、ではあるが……透明感が強く、虹のような虹彩を帯びていた。
妖精はレイシェルの機体を見上げた。
にんまりと、ギザ歯を見せて笑いながら。
「よっす。私はピクシーのジルコニアだ。よろしくな」
(普通の意味での可愛いさとは、ちょっと違いますわね……)
それがレイシェルの感想だった。
その妖精を連れて、自称最強の霊能者・ノブは己の機体から降りた。
彼が何をするのかわからなかったが、レイシェルもハッチをあけ、縄梯子で地上へ降りる。
魔王軍に襲われ、火災に見舞われる田舎村。
襲撃した当事者達は、巨大兵器ケイオス・ウォリアーが全滅したと同時に蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
村人達は少しでも早く鎮火させようと、バケツや桶を手に躍起になっている。
「機体は降りましたけど、一体どうするつもりですの?」
ノブに訊くレイシェル。妖精の少女ジルコニアが、ニタリとギザ歯を剥き出しにして宙から笑いかけた。
「バケツリレーを援護してもいいけど、ノブは援護攻撃も援護防御も無いからな。でも魔術師系職の霊能者だ。なら魔法を使うってもんさ」
(それはなるほどですけれど……彼、戦闘中に一度も魔法を使いませんでしたわね?)
本当に魔法使い職なのかをさえ疑っているレイシェル。
それに霊能者の精神学魔法には、吹雪や洪水を起こすような強烈な魔法は無いと聞いたが。
その眼前で、ノブは片手をすっと振った。
指先から、青い光が、粉のように粒のように、僅かばかり音も無く舞うのが見えた。
ノブの傍らが揺らめいた。
(陽炎?)
レイシェルが見ていると、揺らめきに合わせて映る景色もたわみ、波打つ。
その歪んだ景色の中、村の中には無い何かも映っている事に気づいた。
そしてその何かは、揺らめきの中から乗り出し、外に出てきた……!
設定解説
・カラテ
この世界では武闘家系クラスのマーシャルアーツをこう呼ぶ事が多い。
その起源は一万年以上昔、神話の時代にさえ遡る事が古墳の壁画により証明されている。
神々の峰と呼ばれる霊山のどこかには発祥の地となったドージョーテンプルがあり、そこでは天下無敵とならんがために大陸中から集まったカラテモンク達が日夜修業に励んでいる。
技を極め下山するのは千人に一人とも万人に一人とも……だがマスターの段位を許されたタツジン達はそのクビキリジュツによりあらゆる敵の急所を破壊し、手刀の一閃で巨人を屠り、抜き手の一撃で上級悪魔をも絶命させる。
真のカラテを極めた腕は「神の手」と呼ばれ、畏怖と崇拝の対象でさえある……。