1 邂逅 1
第二次を始めるのもまた私だ。
周囲で燃え盛る炎。その中で青年は少女に言った。
『レイシェル=クインだな。探していた。僕を助けてもらいたい』
言われた少女は茫然と見上げるしかなかった。
この日、レイシェルとノブは出会った。
――ここで話は前日に遡る――
コノナ国きってのエリート軍・ガデア魔法騎士団。その本拠地たる壮麗な砦の中央庭園にレイシェルはいた。
レイシェル=クイン。十七歳。長い金髪を縦にロールさせ、きめの細かい白い肌。青い瞳で凛とした表情を浮かべる、どこか気品のある少女だ。
彼女は白い甲冑を纏っていた。布製のキルトアーマーを下地に要所のみを板金が覆う、重装備とは言い難い鎧ではあるが、農民や町人が持っているような防具では無い。何より胸当てには家紋が描かれていた。
隣国スイデン有数の公爵家、クイン家の家紋が。
彼女はその家の一人娘。名高い英雄を先祖に持つ名門武家であり、彼女の二人の兄は腕の立つ騎士。彼女自身も魔法戦士としての修練を積んでいる。
強大な魔王軍と人間達の国家群が、長い戦いを続けているこの時代。彼女は婚約者の所属するこの魔法騎士団に所属していたのだ。将来の夫を助け、苦楽を共にするために。
その婚約者は彼女の目の前にいた。
朋友たる騎士団員達は、彼女と婚約者を囲むように、周りに。
婚約者――騎士団員にしてコノナ国侯爵家の跡取り息子フレディ=ジェナンは、レイシェルに告げる。
線の細い、いかにも高貴な生まれを醸し出している優男然とした青年だが、彼が元婚約者へ向ける目には優しさなど一欠けらも無かった。
「レイシェル。君との婚約は破棄だ。この魔法騎士団からも脱退してもらう。実家へ帰ってくれ」
遠巻きに見ている騎士達の視線は気まずそうだが、口を挟む者は無かった。数少ない女性騎士達は一塊となり、なにやらこそこそと話をしては、ばつの悪い顔でレイシェルを眺めている。
「わかりましたわ」
レイシェルはそう言うと、くるりと背を向けた。その背に無数の視線が突き刺さるのを感じながら。
優しかった婚約者はもういない。昨日までともに腕を磨き、共に魔王軍と戦っていた戦友ももういない。隣国から嫁入りのために来て、共に力を合わせて来た者達を、レイシェルは全て失ってしまったのだ。
抗議などする気もなかった。追い出される理由に納得しているのだから。
その理由は……実家、スイデン国有数の公爵家にして最も勢いのあった武家・クイン家から、魔王軍に身売りした売国奴が出たからである。
それはよりによって現領主の弟、レイシェルの兄の一人。その男は国が魔王軍と獲りあっていた最大の軍事機密を敵へ売ろうとし、異世界から召喚された勇士達に討たれた。その際に何年も国の情報を売り、敵を手引きしていた事も判明したのだ。
これだけでもクイン公爵家の名は地に落ちたのだが、さらに悪い事が重なっていた。
レイシェルのもう一人の兄……現領主は、その少し前に魔王軍との戦で討ち死にしていたのである。
家名は泥にまみれたというのに、立て直すべき領主が不在なのだ。
もはやクイン公爵家は滅びたも同然だった。
そんな落ちぶれた家と共倒れするほど、元婚約者のフレディは酔狂ではなかった。彼にもジェナン侯爵家を背負う立場があるのだ。
共に学び、轡を並べた戦友達も、皆やんごとなき身分である。今のレイシェルの手をとろう者など一人もいなかった。
(前世より恵まれた環境だと思っていましたけど、そうでもなかったようね)
皆を背にしながらふと考えるレイシェル。
彼女は、時折不思議な夢を見る事があった。魔法の無い機械文明の世界で暮らす夢を。
それを「前世」だとなぜか思っていたが、あまりにとりとめのない内容――皆と登下校する子供の自分、画像の映る箱を見ながら勉強に追われる学生の自分、会社とアパートを往復する大人の自分――が脈絡なく映るだけで、それが何かの役に立った事は無かった。
ただ、夢の中の一庶民よりは、貴族令嬢の自分の方が恵まれているのだろう……と、漠然と思ってはいた。
その日のうちに寮の荷物をまとめ、翌早朝、レイシェルは格納庫に向かった。懐かしの実家へ、苦く悲しい帰郷のために――自分の愛機に乗って帰るために。
格納庫の裏口から入ると、いくつものハンガーが並び、そのすべてに鎧を纏った巨人が立っている。
身の丈18mに達する人造の巨人……他の世界ならば「ロボット」と呼ばれる巨大兵器、ケイオス・ウォリアーが。
レイシェルのケイオス・ウォリアーの前には既に誰かがいた。
前屈みの小男、整備員のカスモドだ。薄汚れた作業服、手には工具箱。目玉をぎょろつかせ、ニタニタ笑いながらレイシェルを見上げている。
「ヒッヒッヒ。強化パーツのアポジモーター(運動性+5、移動力+1)は外させてもらいましたぜ。上からの指示でね……あれはあんた様の私物じゃないって事で」
レイシェルの実家・クイン家が魔法騎士団へ贈った物資の一つだった筈だが……所有権は確かに騎士団である。
「わかりましたわ。では出発するのでどいてくださいな」
レイシェルはそれだけ言うと、ハンガー脇の階段を登って操縦席へ向かった。
そして彼女は騎士団を出た。
森の中の街道を、彼女の実家へと向かって。
この作品には専門用語が多いが、前作がある事、作中に書くと字数が嵩み読み難くなる事、「なんとなく」で理解できて説明が不要な方もいるであろう事等から、解説は後書きに記す。
設定解説
・ケイオス・ウォリアー
いわゆる巨大ロボ。
身長18メートル前後、鎧を着た人間型をしているが、頭部が獣や虫の形をした獣人型の物も多い。
巨人・猛獣・鳥空・魔竜・深海・不死・妖虫の七種類あり、それぞれ特性が異なる。
操縦者は鳩尾の奥にある操縦席に座り、機体と一体化して疑似的に巨大化するような感覚で「体」を動かす。
操縦者自身の肉体感覚も失われてはおらず、操縦席内部にあるモニターや通信機・特殊機能の操作も併用する事になる。
青銅・白銀・黄金と大まかには三段階にランク分けされており、
青銅級が一般兵の乗る量産型、
白銀級が指揮官の乗る一品もののカスタム機である。
黄金級はこの世界究極の兵器であり、その力は天を裂き大地を砕き、一機で大軍団を蹴散らす力を持つ。そのため幾多の国の興亡に関わってきた。
魔王と勇者の連綿と続く戦いにおいても、勝敗を分かつ切り札に幾度もなった。
この世界においてはまさに神にも悪魔にもなれる、最強の魔神である。
だが伝説の秘宝とされるアーティファクトが動力回路に不可欠なため、国力如何に関わらず、造ろうと思えば造れるという物ではない。