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第12話 【友だちになれるかな】

 水曜日の図書室は先週と同じく静かだった。貝守さんは本を開いてはいるが、やはり集中できていない様子。俺もなんとなくいたたまれなくて、意味もなく電子書籍のページを送ったり戻したりしている。


 がらっと出入り口のドアが開き、井崎さんが入ってきた。俺はちょっとほっとする。貝守さんははっとして、顔を隠すみたいに本を近寄せた。


 井崎さんは俺に目配せする。紹介して、ということらしい。


 俺はスマホを机に置き、せき払いをして立ちあがった。


「あ、あ~、貝守さん」


 貝守さんは上目遣いでこちらを見る。俺は手で井崎さんを示した。


「知ってると思うけど、井崎さん」

「こんにちは」


 と、井崎さんはクールな表情で挨拶した。まだ親しくない貝守さんにはミステリアス路線をキープする方針のようだ。


 貝守さんはぺこりと頭を下げる。


「実は井崎さん、結構な読書家でさ。きっと貝守さんと話が合うと思って。――ね?」


 井崎さんはこくっと頷く。貝守さんは小さく会釈した。


「……」

「……」


 そして無言。


「え、ええと、……そうだ、『冬のドアの向こう』。あれ、貝守さんも読んだ?」


 貝守さんは頷く。


「井崎さん、本だけじゃなくて映画も観るくらい好きでさ。ね?」


 井崎さんは頷く。


「……」

「……」


 そして沈黙。


 貝守さんは人見知りを、井崎さんは警戒をしている。話が合う合わないどころじゃない。話が始まりすらしない。俺が潤滑油にならないと。


「俺も一緒に映画を観てさ――」


 すると貝守さんがぴくっと震えて、


()()()?」


 と、井崎さんに目を向けた。井崎さんは胸の下に腕を組み、答える。


「ええ、たまたま居合わせて」

「……」


 貝守さんの口がへの字になった。


 ――え、なにその顔。


 初めて見た表情だ。彼女は視線を明後日の方向に向け、言う。


「わたしも、一緒に書店へ行ったことがあります」

「そう。わたし、そのあといろいろ相談に乗ってもらって」

「わたしも、犬から助けてもらいました」

「つっけんどんにしたのに、懲りずに話しかけてくれるし」

「わたしもです」

「いい奴だよね」

「知ってます」


 急に会話が転がりだしたと思ったら、なんだこのひりひりした空気は。しかも微妙に俺が褒められていて、どんな感情を持てばいいのか混乱する。


「ふふっ」


 井崎さんはなぜか愉快そうに笑った。


「貝守さんは読んだ? 『レック』」

「……読みました」


 俺はタイトルをスマホで検索し、インターネット百科事典を参照した。


 引退した暗殺者のレックは毎日のように花畑の世話をしていたが、過去の仕事で彼を恨んだ組織の残党がその花畑にガソリンを撒いて火を放った。焼け野原となった花畑を前に、レックは復讐のため引退を撤回することを心に決める。


「宣伝文句でさ『伝説の暗殺者復活の理由は花畑!?』ってあったけど、あれは違うと思うんだよね。まあ分かってて狙ってるんだろうけど」


 貝守さんはこくっと頷く。


「あの花畑は亡き恋人が世話をしていたもので、彼はそれを愛でることでなんとかふつうの世界に踏みとどまっていたのに、それを燃やされてしまったら、もうふつうでいられないのは当たり前でしょ」


 貝守さんはこくこくと頷く。


「インターネット書店のレビューにも『花畑を燃やされたくらいで人を殺しすぎ』とか書いてあって、嘘でしょ!? って」

「わ、わたしも思いました……!」


 貝守さんはカウンターから身を乗りだすみたいにして言った。


「恋人を、改めて殺されたようなものなのに」

「そうそう!」

「あの宣伝文句は、人目は引くけど、誠実ではないと……」

「ほんとそれ……!」


 そこからはもう長年コンビを組んできた漫才師のような言葉の応酬だった。井崎さんが話をふり、貝守さんが的確に要約して一言二言返す。リズムの違うふたりだが、だからこそ息が合っているように感じられた。


 ――ほら、やっぱり。


 貝守さんと井崎さんは気が合うんだ。会話に夢中になっている貝守さんを見て俺は嬉しくなる。と、同時に、そんなふうに話せる井崎さんをちょっとうらやましくも思った。


「俺、そろそろ帰らないと」


 話の切れ間にそう告げた。


「ごめん、話しこんじゃった」


 井崎さんは申し訳なさそうに言った。


「気にしないで。今日はそれが目的だったんだから。ふたりはまだ話していったらいいよ」


 せっかく楽しそうなのに水を差したくない。


 俺は図書室を出た。しかし玄関で靴を履きかえようとしたとき、机の上にスマホを置き忘れてきたことに気づいて引きかえした。


 図書室のドアを開ける。


「ごめん、スマホを――」


 その瞬間、貝守さんと井崎さんがぴたりと話をやめて口をつぐんだ。貝守さんは気まずそうに顔を伏せ、井崎さんはくつくつと肩を揺らす。


 ――どういう状況……?


 井崎さんが笑いをこらえながら言う。


「安心して。潮野くんの悪口とかではないから」

「あ、ああ。でも、じゃあなに?」

「それは秘密だけど。ね?」


 と、貝守さんに話を振る。貝守さんはますますうつむく。井崎さんはさらに笑う。


 ――え、まじでなに……?


 聞いても教えてくれなさそうなので、俺はあきらめて図書室を出た。


 ――まあ……。


 仲がよさそうでなによりだ。




【この前、小野山くんと親しげにしていた黄川田さんがお店にやってきた。わたしはどんな顔をしていいか分からず、目を伏せたままお会計をする。


 本を袋に入れて手渡すと彼女が言った。


「大丈夫、彼はとらないから」

「へぁ?」


 変な声が出た。彼女は笑う。


「小野山くんのこと」

「あ、あ……」


 顔がかあっと熱くなる。


 ――わたしってそんなに分かりやすい……?


 もし小野山くんにバレてたら……。


 わたしは恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。】




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