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第11話 【映画、観にいこうかな】

 指定どおり映画館の裏で待っていると、フードを深くかぶり、ポケットに手を突っこんだ井崎さんが歩み寄ってきた。


 目の前で立ち止まると、俺を上目遣いでじろっと見た。


「なんでここにいるの」

「井崎さんに来いって言われたからですう……」

「じゃなくて、なんでこの映画館にいるのって聞いてるの。遠いよね?」

「じいちゃんのうちが近くて」

「そう……」


 フードの上から頭を掻く。


「井崎さんこそ、なんでここに?」

「……」


 言おうか言うまいか迷うように視線をうろうろさせる。


「誰にも言わない?」

「墓場まで持ってく」


 井崎さんはぷっと吹きだした。前はすぐに真顔にもどったが、今日は笑顔のままだ。


「大袈裟」


 はあ、とため息をつき、彼女は言う。


「わたしさ、――逆高校デビューなんだよね」

「逆? って、つまり……」

「どっちかっていうと、今日、君が見たわたしが本来のわたし」


 映画を観て、泣いたり笑ったりしていたのが本来の井崎さん、ということのようだ。しかし、ということは――。


「じゃあ学校の井崎さんは」

「まあ、キャラだよね」


 と、自嘲気味に笑う。


「なんでそんなことを?」

「……物語が好きなんだ」

「物語? 本が、ってこと?」

「映画でもドラマでも、なんでも。まあ本が一番好きだけど。でね、小学生のころからそんな感じで、中学生になったら文芸部に入ろうと思ってて。念願叶って入部したんだけど――」


 表情がどんよりする。


「部が、崩壊した」

「なにゆえ……?」

「小学生のころは本を読んでる子なんて周りにはいなくて、でも中学の文芸部のひとたちはみんな読書家でさ。わたし嬉しくなっちゃって、たくさん本の話をしたんだ。そしたら――」

「そしたら?」

「先輩に、告白されて……」

「ああ……」


 こんな綺麗な子に、さっきみたいに楽しそうなハイテンションで話しかけられたら、ころっと落ちてしまうのも致し方のないことだ。


「全然そんなつもりはなくて、だから断ったんだけど……。その先輩、結構女子に人気のあるひとで、断るなんて調子に乗ってるって他の部員たちから思われたみたいで、村八分みたいになって」

「でもそれって完全に逆恨みだよね?」

「そう言ってくれる先輩もいたんだけど……」


 さらに表情が曇る。


「なんか問題が?」

「わたしのことをかばってくれてさ。露骨にシカトされるようなことはなくなったんだけど」

「よかったじゃん」

「しばらくしたらその先輩が告白してきて……」

「まじかよ……」


 神も仏もないのか。


「わたしは居づらくなって退部。そのあとしばらくして、文芸部の部室は囲碁将棋同好会に取って代わられたってさ」


 傾国の美女ならぬ傾部の美女。無自覚のサークルクラッシャー。しかもその最上位種だ。


「それで逆高校デビュー……?」


 井崎さんはうな垂れるみたいに頷く。


「好かれないように」

「でも、ミステリアスなところがいいってめちゃくちゃ人気あるけど」

「えっ、嘘!?」


 そちらも自覚がなかったようだ。額に手を当てる。


「なんでそんなことに……」

「まあ嫉妬……、というかうらやましがられてもいるみたいだけどね」

「じゃあ、わたしのやってきたことって意味がなかったの……?」

「まあ、なんというか、その……、気を落とさずに」


 うまい慰め文句が思い浮かばず、俺は無難な言葉をかける。


 と、そのとき閃くものがあった。


「そうだ、図書室に来ればいい。あそこならあんまりひともいないし、貝守さんもかなり読書家だからきっと話も合う」

「貝守さん?」

「本を借りたときに受付した図書委員の」

「ああ、あの子。でも……」


 不安げな表情。部崩壊のトラウマは根が深いらしい。


「無理にとは言わないけど。気兼ねなく本も借りれるし。貝守さんも本の話ができる友だちがほしいみたいだし」

「でも、多分だけど、わたしみたいなタイプ苦手じゃない?」

「それは……」


 住む世界が違う、とは言っていたが――。


「実際に話してみたら印象も違うかもしれないし」


 井崎さんはじっと俺の目を見つめる。


「な、なに?」

「べつに。その子と仲がいいんだなって思って」

「ま、まあ、ふつうに話すよ」

「ふうん……」


 顎に指を当てて考えるような素振りをしたあと、「うん」と頷く。


「ちょっと行ってみようかな」




 水曜日が貝守さんの当番の日であることを伝え、俺たちは別れた。


 帰りの電車に揺られながら流れる景色を眺める。行きの憂鬱な気分が嘘のように今は昂揚していた。




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