6話 「子供なんです」
「さて、姉上、僕は何からするべきでしょうか?」
いきなり丸投げな事に自分自身情けなく思いながらも、俺はすがる思いで姉上に教えを乞う。
自分自身を鍛え上げるといってもやはり身体的なトレーニングでは兄上を満足させる事などまず間違いなく不可能だろう。
なにせ、俺にあるのは1週間だけなのだ。今から腕立て伏せなどやっても効果は無いと断言できる。
では、何をするべきなのか? その答えを既に俺は知っている。
――《魔法》
1週間で自分自身を1つ上の存在へと進化させる。その為には魔法の会得は必須である。
問題はそんな高等な事を俺ができるのかという1点のみ。
だが、俺の中には確かに魔力があると、神アロエはそう断言した。
そしてそれを鍛える術も曖昧ながらも俺は理解している。
ならばだ、この国で魔法に関しては最高位に位置する姉上に教えを乞う事こそ進化への最短ルートだと俺は判断した。
そしてその可能性を見落とす姉上ではない。
「単刀直入に言うわ。ベル、あなたには魔法を覚えてもらいます。恐らくそれしか兄さまに勝つ方法は無い」
そう。それこそが唯一無二の兄上の攻略法だ。
「よろしくお願いします姉上……いえ、師匠!」
「まかせなさいベル。あまり魔法に興味の無いあなたは知らないかもしれないけど、お姉ちゃんはこう見えても魔法に関してはすごいお姉ちゃんなの」
無論、知っている。俺が記憶を思い出す前から、ティナ・ベートの弟である事を誇らしく思う程には。
「ついてきて。私の稽古場に案内するわ」
そう言い俺の手を取ると姉上は家の敷地の奥へと俺を誘う。
たしかこの先には木々が生い茂る庭園とは名ばかりの一角があったはずだ。
教えられるまでも無く、俺はその場所を良く知っている。
「ここよ」
目的地についたのか、姉上が歩みを止める。
目の前には俺の予想通りの光景が広がっていた。
「師匠がいつも魔法をぶっ放しているところですね」
「ええそうよ。そういえばベルは時々お姉ちゃんの事をあの木の陰から見ていたわね」
そう言って姉上は周り以上に木々が生い茂る一角を人差し指で指す。
……バレていたのか。
まだ俺が生粋の女好きだった頃、俺はよくこの場所で姉上の事を木々に隠れて覗いていたのだ。何故なら姉上は一通り鍛錬を終えると、敷地内に流れる小川で毎回汗を流していたのだ。
「……何故、そのままに?」
弟とはいえ俺は男だ。年齢を考えても邪な企みなど姉上位の歳頃ならば嫌悪感を覚えるのが普通だろう。
……俺が言うのもなんだが。
「ふふ、可愛い弟の青い衝動くらい優しく見守るのが姉の務めでしょ? それに見られて困る体なんてしてないもの」
そういえば姉上は俺が頼めば添い寝だろうがなんだってしてくれていた。
そもそもの話、俺が記憶を思い出したのも師匠と共にお風呂にいたときだったと思い返す。
――いや、なんかおかしくね?
「さて、時間も少ないし、さっそく始めましょう」
そう言って姉上は一際大きな大木の前まで行くと、掌をソレに突き出し、何やらを唱え始める。
「大地よ、立ち上がれ――」
サァクセース!
いかんいかん、勝手にシャンプーのCMに変換してしまった。あれは真剣にやっているのだ。これから俺もあんな感じの事を唱えるのだろうから面白がってはバチが当たるというものだ。
…………ふふ。
しばらく姉上がぶつぶつ念仏を唱えていると大木に変化が起きる。
土色だった大木の表面が僅かにではあるが光を発したのだ。
「ふぅ……まぁこんなもんでしょ」
そういって姉上は大木を見上げると満足げな顔をしながら俺の元に戻ってくる。
「何をしたのですか?」
「まぁ、見てなさいって」
姉上は俺の前に立つと、また同じように掌を大木へと向け、念仏を唱え始める。
「――火よ来たれ」
うん。今度は少しそれっぽいな、と俺が思った瞬間だった。
姉上の手の周囲に小さな赤い光が集まってきて渦を巻く。そして細かな光は時間の経過と共に混ざり合いその体積を増やしていく。
そして――
「おお!」
俺は感嘆の念を堪え切れずにそう叫んだ。
何故なら姉上の掌の先に目を開けていられない程の熱を発する炎が現れたのだ。
「ベル。よく聞きなさい。魔法には基本的に5つの属性があるとされているわ」
そう言って姉上は俺に語り始める。
《火》《水》《土》《風》そして《光》
この5つが魔法の基本的な属性らしい。
なんとなく予想してはいたが、やはり、という感じである。
元居た世界でもこの手の事はファンタジー小説を通して知識があった。
無論、細かな点は違うだろうが、どうやら俺の蓄えた知識から大きく外れる事は今の所無さそうだ。
「という事は今姉上が使った魔法は《火》の属性という事ですね?」
「半分正解よ。確かに私は今、5属性の内、《火》の力を使っているわ。けれどね、ベル。私はまだ《魔法》そのものは使っていないの」
なるほど、わからん。
「つまり?」
「私の掌にあるこれは《魔力》を変換しただけに過ぎない。つまりはね、この炎は魔力そのものなの!」
そう言って姉上は掌にある炎をボールのように宙に放り、上下に遊ばせている。
……困ったな。なんとなくは理解できるがやはりどうも俺にはしっくりこない。
「まぁ、言ってもわからないわよね。じゃあ、今度はちゃんとした《魔法》を見せてあげる!」
姉上はそう言って掌にあった炎を消すと再度。大木に向かい腕を突き出す。
そして――
「火よ来たれー―ファイアボール!」
瞬間、姉上の掌から赤く燃え盛る炎の塊が放たれた。
「っ……!」
幻覚などではない。その事を俺は肌に感じる確かな熱で感じとる。
放たれた炎の塊はうなりを上げて大木に向かい一直線に飛んでいくと、そのまま衝突し爆散する。
後に残るのは大木の一部が円状に黒く焼き焦げた跡と、ほのかに香る線香に似た匂いだけだ。
「…………すごい」
俺は気づけば呟いていた。
これが魔法だ。おとぎ話の中だけだった事が現実に起きている。
無論、姉上の魔法を俺はこれまでも何度も見てきた。
しかし、それは記憶を思い出す前の話だ。
加えて言うとこんな近距離で見たのも初めての事だった。
「これが魔法よ。名前は初級魔法ファイアボール」
「あれで初級なのですか?」
「ええ。魔法の道を志す者がまず初めに覚える魔法よ」
初級魔法であの威力……あの大木がただの人間であれば大変な事になっていた事だろう。
「けれど、気を許していい魔法じゃないの。そもそも魔法は危険なものだとまず理解しなくては」
姉上の言う通りだ。もしも使い方を間違えたら大惨事になる事は目に見えている。
魔法のすごさと恐ろしさ。俺はそれを理解した。
と、同時に俺は堪え切れずに姉上に問う。
「師匠、さっきの魔法、僕にも使えるでしょうか?」
そう。沸き上がった思いは何も驚きや恐怖だけではない。
――俺も魔法を使ってみたい。
今、俺の心はその思いでいっぱいだった。
「うーん、正直、今のベルじゃ難しいかもだけど……」
姉上はしばらく何かを考えるように唸りながら俺の回りをぐるぐると回ると、再び俺の目の前で止まった。
「うん。時間が無いのは確かだし、1回やってみよっか」
そう言って俺の横に立つと先ほどと同じように大木に向かい腕を突き出した。
「じゃあ、お姉ちゃんの真似をしてみて。いきなりは無理だろうけど、まずは形から入ってみよう」
俺は言われるがまま、姉上と同じように左腕を前へと突き出す。
「詠唱は覚えてる?」
詠唱……あの念仏か。
「はい覚えています」
「じゃあ、私に続いて言ってみて」
「はい」
「火よ来たれ」
「火よ来たれ…………あの、姉上、今言う事じゃないかもしれないのですが、この詠唱というのは必ずやらなければいけないのですか?」
「良い質問ね。答えは否。必ずしも必要という訳じゃないわ」
そうなのか。いや、正直おれにとってはそっちの方がありがたい。
なにせ、何かをする時にいちいち口にする癖など俺には無いからだ。
「でも魔法を行使する際は、詠唱するのが良いというのが通説ね。何故なら魔法とはつまるところイメージを形にする事なの。けれど魔力の操作がおぼつかない内はどうしてもイメージ通りに魔力の変換が行われない。その為、私たち魔術師は詠唱という形を取る事で体に魔力操作の感覚を覚えさせるの」
「なるほど……」
わからん、が、剣道で言う『メェェン』みたいなものだろうか?
うん。たぶんそんな気がする。
で、あるならばだ。
俺は一つ深呼吸すると体のどこかにあるという俺の魔力を探るべく集中する。
「だからこの詠唱をしたらこんな魔法が発現するって事をまず体に覚えさせる必要があるの。もちろんそれなりの使い手にもなれば無詠唱で魔法を発現させる事は可能よ? けれどやっぱりイメージ力は下がってしまうから魔法の力は半減してしまう事の方が多いわね。ちなみに――」
奥に、奥に潜る。
俺の中にあるという魔力、それを探しだすべく更に奥へ――
――――無理。
無理だな。ファンタジー的な展開を望んでは見たがやはり俺には魔力というものが分からん。
「ベル? 聞いてる?」
「あ、はい」
「つまりね。無詠唱でも魔法は使えるけど、やっぱり詠唱した方が良いってのが結論ね」
なるほど。で、あれば俺が選択するのは――
火よ来たれ……ファイアボール!
俺は心の中でそう唱えクワッと目を見開く。
意味があるかは分からないがアナルを力いっぱい締め、腕を前へと突き出した。
「「………………」」
全身を震わせながら腕を突き出す俺と、それを見つめる姉上。
…………うん。
「あはは、やっぱ僕には少し――」
それが起きたのは突然だった。
「ベル!」
姉上の悲鳴に近い声が木霊する。
突如として俺の掌に現れた赤い光はその体積を爆発的に増幅させ、既に俺の身長を上回る程の大きさまでに膨張していた。
そして――。
その光は身を焦がす程の灼熱を纏い、大木に向けて放たれる。
一瞬の出来事だった。
気付いた時にはその巨大な炎は、見上げる程高くそびえ立っていた大木を燃やし尽くしていた。
「「…………」」
姉上の顔が目の前にある。
いつのまにか俺は大地を背に姉上に抱きしめられていた。
「「…………」」
互いに沈黙。
非常に気まずい空間がそこにはあった。
俺の視界には未だにパチパチと音を立てながら燃える炎がはっきりと映っている。
……これは、どうやらやってしまったらしい。
俺が原因な事は明白だ。
仕方がない。奥の手を使うとするか。
「あ、あねうえーコワカッタヨー」
「べるぅぅぅぅ」
我ながら完璧な発声だった。
そう。忘れてはならない。
俺の名前はベル・ベート。10歳の子供なのだ。
遅くなりましたm(*_ _)m
次話は今日の23時過ぎに投稿予定です。
試験的にタイトルを変えてみました。